発情期の騒動*

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 その王太子が朝日に白金色の長い髪を輝かせ、銀色の瞳でこちらを睨みつけていた。ブランドンは兄弟の中でも際だって高貴な容姿をしている。頭もすこぶるよく、剣術の腕も立ち、将来の王として相応しい頭脳と肉体を(あわ)せ持っていた。 「貴様は出入りの荷車引きか。こんな人目につくところでいい度胸だな」 「す、すっ、すいませんっ」  いきなり現れた王太子に、オヤジは平身低頭の体で、後ずさりしながら離れていく。 「今度城内の風紀を乱したら、塔から吊すぞ」 「は、はいっ」  老狼はあっという間に姿を消し、残されたララレルは枯れ草から身を起こした。 「……ありがとうございました」  服の汚れを払いながら礼を言う。するとブランドンは顔をしかめて見おろしてきた。 「ララレル。発情期がくれば、したくなるのは仕方がないだろうが、こういう場所であんな下賎なアルファと絡むのは控えてもらいたい」 「……は?」 「もしも弟たちが、現場を見てしまったら、教育上あまりよくないだろう」 「……」  どうやらブランドンは、ララレルがあのオヤジを引きこんだのだと勘違いしているようだ。 「お言葉ですが、ブランドン様。俺はあいつを誘ってなんかいません。あっちが勝手に襲いかかってきたのです」  憮然とした表情で言い返すと、ブランドンは凜々しい眉をよせて指摘した。 「けど、そなたは、フェロモンを出しているだろう」 「え?」  ララレルは驚いた。自分ではそんな感覚は全くなかったからだ。 「俺、匂いもれてますか?」 「気づいてなかったのか」 「はい。発情の兆候も全く感じてませんが」  ブランドンは鼻に手をあてた。 「ほんのわずかだが、出ているようだ」 「それは……すみませんでした」  自覚がなかった。 「以後、気をつけます」 「うむ」  挨拶をして、ブランドンと別れる。ララレルは急いで自分の部屋に戻った。そうして棚から薬箱を取り出す。そこにはフェロモンを消す香水の瓶が入っていた。瓶の蓋を取って中の液体を身体中に振りまく。これで少しはごまかせるだろう。  前回の発情期は、確か二ヶ月前だった。歳のせいか、だんだんと間隔が空いてきているし症状も軽くなりつつある。  でも、今回は若いときと同じほどの発情がきそうな気がした。今夜ぐらいから回避小屋に籠もらねばならなくなるかもしれないと予想しながら、間の悪さを呪った。こんな忙しいときに面倒な身体だ。  ララレルはポケットに香水瓶を入れて自室を出ると、子供部屋に向かった。  儀式は昨日すんだが今日は別の催しが控えている。子供部屋に着くと、室内はいつものようにてんやわんやだった。 「ああ、ララレル、待ってたわ。手伝って」  乳母頭に言われて、急いで仕事に取りかかる。 「あら、この香水の匂い。もしかして、発情期がきそうなの?」  小さな王子を世話していると、乳母頭にきかれた。 「はい。今夜ぐらいから本格的にきそうです」 「困ったわ。今日一日は保ちそうかしら」 「まだ自覚症状は出てないから。香水で匂いが誤魔化せると思うけど」 「そう願いたいわね。今日は目が回りそうなほど忙しくなるから」  とてもじゃないけど休ませて欲しいと言い出せる状況ではなくて、仕方なくフェロモン出るなと祈りながら仕事を続ける。  王子たちの食事を世話し、着がえさせて、本日の催事のために大広間へと移動した。  ララレルは末っ子のノエル王子を抱きかかえ横の控え室に入った。他の王子らは、大広間へと移動していく。今日は誕生式を終えた王子たちに、伝統に従い祝いの品が王より手渡されるのだった。
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