142

1/1
前へ
/185ページ
次へ

142

 ドアノッカーを叩くと、鈴の音のように心地よい声が返事をする。  ああ、彼女の声だ―― ×××  シルフィーとは王都の魔獣襲撃騒ぎから4年、いや5年になる付き合いだがロゼッタ邸に彼が直接やってきたのは実はこれが初めて。  父親は王宮図書館長なので多少の面識はあるが、実は母親に今まで会ったことは無い。  町の警邏は自分達の管轄では無いが騎士団長という地位にいるベイジルの元には情報だけは無駄? に入ってくるので、どういう人物なのかは分かっている。  ――気を利かせた団員がシルフィーに関しての情報をそうとはわからないように垂れ流している事にベイジルは気がついていない――  しかし初めて訪れた屋敷の中、しかも応接間に通されて両親を前に隣に天使のようなシルフィーが座っている、という状況を誰が想像出来ようか・・・  ――多分ベイジル以外は想定内。  人の良い男爵は、シルフィーによく似た垂れ気味の大きな瞳をキラキラさせて微笑んでいるし、男爵婦人は扇で口元を隠し目は弓形になたっままで此方に顔を向けている。  上位貴族の婦人の所作によく馴れている筈のベイジルではあるが、自分が好意を寄せている少女の母親に見られていると思うと、つい伸びた背筋を冷や汗がツツーっと流れる。  まるで戦場で強敵に1対1で突然出逢ったときのような緊張感。  おかしい。  ここは戦場ではなく穏やかな一般家庭の応接室だった筈である。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加