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最後の知らせが来る前のこと 1
「自分は何才まで生きるのだろうか、どんな風に死ぬのだろうか」
大きな争いごとが身近でない平和な国で暮らす大部分の人間は、無意識に自分は長生きするものだと思っている。寿命がいつ尽きるのか、その死に方は何なのかなど真剣に考えることはあまりない。
ワタシだって、その一人だ。日常の中で人生の終わりについてを、深く考えることはなく暮らしている。
でも、時々だが、死についてを意識してしまう。
大人に社会人になり働き出すと、万が一に備えて生命保険に入るようになる。ワタシも大学卒業後にいまの会社に就職して、すぐに死亡時の保証がある医療保険に加入した。その保険の掛け金を半年払い契約でしているのだが、定期的に支払うお金を用意する際にいつも思う。
『この死亡時のお金が払われるのは、ワタシが何十才になった時なんだろ。ワタシはどんな亡くなり方をするのかな』…と。
家があってご飯が食べられてお風呂に入れて、夜はお布団に包まれて朝までぐっすり眠ることができる。毎日をそんな風に過ごせる環境にいれば、死の存在は遠い所にある。けれど誰の人生にも、時間の終わりが待ち構えている。
ワタシたちは生きて、いつか必ず死を迎える。だから、逃れられない自身の「死」についてを、ふいに頭の中で想像する。
♦ ♦ ♦ ♦
『…マンションの1室から、男性の遺体が発見されました。遺体はこの部屋の住人と思われ遺体は発見当時死後数日経っていたことから、何らかの原因で孤独死したものとみられ…』
-何才で逝くのか分かんないけど、病死、事故死。何にせよ、ワタシもこの遺体の人みたいに孤独死するんだろうなー
勤め先の会社の事務所で帰り支度をしながら、休憩室のテレビから流れるニュースをきき心の中で呟く。
今日は保険の半年払いのお金を引き落とし用の銀行の口座に入れた日だったので、普段は気にとめないニュースの内容も「死」のキーワードが含まれていて気になってしまった。
荷物をしまい終えた紺色の皮のショルダーバッグを右肩にかけ、腕組みして立ち先ほどのニュースの続きを見る。
「双葉ちゃんたら真面目な顔で高齢者の孤独死のニュースを見て、どうしたの」
知らずに集中してしまっていたらしく、ソファーに座ってニュースを見ていたパートのベテラン社員さんから声をかけられる。
「いや、ちょっと。何となく」
「年とってからの孤独死の心配なんて、双葉ちゃんはまだしなくて平気よー。せっかく月次決算終わって定時で帰れる金曜日なんだし、会社残ってないで帰りなさい。アタシも帰るし。それに今日駅のデパ地下割引きだから、いま行けば美味しい惣菜買えるチャンスよ」
そういえば会社のある駅のデパ地下食品売り場は、週末の夕方に割引きをしていた。金曜日は残業が発生しやすいので、滅多に割引きの時間帯には行けない。
パート社員さんの言うように、今日は好きな惣菜を買えるチャンスだ。週末の酒盛りのお供を手に入れなくては。
「そうでした!帰ります。お酒のおつまみゲットしにいきますっ」
両手を握り拳にし、ワタシはやる気満々に宣言する。パート社員さんはそれを見て、「お酒は程々にね」と笑う。ワタシは会社でも有名な根っからの呑兵衛だ。
「じゃあ、お先に失礼します。お疲れ様です」
お高いデパ地下の惣菜を定価より安く買うために、ワタシは事務所の出入り口の外に片足を出した状態で挨拶をした。夏の季節で廊下に出ると、暑さで一気に汗が出そうだ事務所にはパート社員さんの他にも、何人かおじ様社員さんたちが残っている。
うちの会社は25才のワタシより年下の後輩社員がいるが、ワタシより上で社内で若手に入る人でも一回り近く離れていて全体的に年齢層が高い。
「はい、お疲れさま。双葉ちゃん、また来週ね。月曜日は経費精算あるから、よろしく頼むね」
「はーい、分かりました」
「じゃあ、失礼します。また来週」
頭を下げて、出入り口の扉を閉める。
『また』…。この会社で働いて、もう1年以上になる。会社を出る時に言うこの言葉も、百回以上になる。ワタシは後、人生の中で『また明日』『また来週』と何百回、何千回口にできるのだろう。
事務所への行き来に使う古いオフィスビルの殺風景な階段 、路線のターミナル駅の次に大きい小綺麗な会社に近い駅、駅に隣接しているデパート、デパートの地下のワタシのお気に入りのお惣菜屋さん。
ワタシは後どれ位生きることができて、これらの場所に寄り続けられるのだろう。
今日はやけに自分の最期が頭から離れない。夏バテでもしていて、脳味噌がお疲れ気味なのか。
感傷的な自分に首を傾げつつ、無事に割引きで買えた惣菜を持ち郊外に近い会社の駅から7つめの駅にある自宅へと帰る。
高いビルと人が密集した地面から頭を上げて空を見ると、まだ夕焼けの赤さが残り明るさがあった。
夏の夜空は暗くなるのが遅く、18時を過ぎても闇が薄い。空が暗闇に染まる前に帰ろう。お酒を飲んで気分転換だ。
本当に…今日は「死」が心に引っかかる。
それを後に思い返すと、予感だったのかもしれない。ワタシの最期が、近づいていたことへのー。
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