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死神代理と汚部屋のお掃除 分別など編 17
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目から流れる涙の量が減るにつれ、気持ちも落ちついていく。しゃくり上げ、つっかえつっかえになりながら、パポちゃんの言葉に甘えたワタシは姉へ持ち続けてる罪の感情を吐露した。
パポちゃんの顔が位置的にワタシの肩のやや裏側にきているため、どんな表情できいているのかはこちらからは分からない。
ただ、小刻みに頭が動き毛が頬を触るので、真剣にききいっているのだろうというのが伝わる。「うんうん、ふむふむ」という声も。
その「うんうん、ふむふむ」の声が、「うん、ふむ」へと更に「うーむ」と変形し「う!」となる辺りで、ワタシの頭からパポちゃんの手が離れた。
ズルズルずり落ちたパポちゃんは、ワタシの太ももの上に行儀良く正座する。
両手を自分の膝におき、至極真面目な顔をワタシに向けた。
パポちゃんにつられ、ワタシも心持ち背を真っ直ぐにピンと張る。
一文字に結んでいた口をパポちゃんはゆっくりと開けるとー、
「ナマケ・モノ子さんのお掃除テクニックを代用しよう!」
?記号がよぎる謎な提案を示した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ナマケ・モノ子さんのを代用?どこらへんのテクニックを?」
「テクニックそのニらへん!」
あれね、あそこの部分ね。人間誰しも精神的な傷が
ある、とかの辺りね。
おさらい※ナマケ・モノ子さんによる汚部屋の片付け、その二より再抜粋
・人間は生き物ですので、どんなに美しい容貌の人であっても汗を掻き垢を出し肛門の孔から臭い物を排出します。それと同じように人間は生き物ですので、どんなに能天気でお気楽な人であっても精神的な傷を必ず持っています。
汚部屋のゴミの分類中にもしも心の傷を疼かせるトラウマ物を発見してしまったら、とりあえずは見なかった振りをしましょう。トラウマ物は最後にやっつけることにして横に放り投げておき、黙々と他の作業に取り組みましょう。
(心の傷を思い出すと過去に囚われて思考が鈍り、お掃除の効率が悪くなります。過去に囚われてはいけません。お掃除をしている現在が大切です。(略))
「そう、そのテクニックの心の傷を疼かせる物を見つけたら見なかった振りをする、そこを双葉さんの傷に応用するんだよ」
名案だとパポちゃんは思っているのだろう。だって鼻息が荒いもの。これは、かなりの自信に満ち溢れている。
ワタシは腕を組み、しばし瞼を閉じた。眉間に皺がよってしまう。名案ならぬ迷案に困ってしまったのだ。
見ない振りをする?記憶は物ではないのだから、横に放り投げて自分の見えない所に置くことはできない。
ワタシのこの罪悪感は日常でも鈍く胸を痛ませていた。刻一刻と死に近づきつつある状況にあるからこそ、大切な人への後悔の念を強く抱いてしまう。その思いを頭の片隅に追いやる器用さなど、ワタシは持ち合わせていない。
「…無理だよ」
目を開けて天井を眺めながら、そう呟いた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
パポちゃんは足は正座したまま、上半身を前のめりにして顔をつき出す。口をタコみたいにすぼませて。
「双葉さん、やり方を勘違いしてる。見ない振りをするんじゃなくて、それを双葉さんの罪悪感に応用するって言ったじゃん」
「いや、だからさあ…」
応用って、どうすんのさ。
「つまりね、罪悪感無いことにするの。双葉さんのお姉さんに、ごめんなさい言う必要は無かったことにするの」
ワタシは口を大開きにし、固まってしまった。パポちゃんのハチャメチャな応用案は、ワタシの予想の斜め上をいっていた。
罪悪感を無かったことにって、ごめんなさい言う必要無かったことにって、できるわけないじゃない。
祖父母の所にワタシが逃げたことで、姉にもどれだけの心の痛みを与えたことか。
ワタシを養子に出した後の我が家の様子は、たまに所用で訪ねる祖父母の話を伝え聞く限り暗く沈んでいた。
両親はめっきり無口となり、父と母は互いの目を合わせることがなく、姉を繋ぎに辛うじて家庭を保っていたようだった。
そんな環境の中に置かれている姉を心配し、祖父母は姉に自分たちの元に来ないかと言葉を掛けた。でも、姉は祖父母の誘いに頷くことはなかった。
『ワタシもいなくなったら、もう終わりになってしまうから』
昔の自分と同じ淋しい想いをお姉ちゃんにもさせている、それがワタシの行動の招いた結果だった。
「お口閉め忘れてるよお」
背伸びしたパポちゃんの頭に下顎を持ち上げられ、上顎とくっつけられる。
舌出てたら挟まってしまうではないか。危ないな、もう。
「パポ変てこりん言ってると思ってるでしょ。双葉さんたら」
そりゃ、そうなるよ。パポちゃんたら。
ーそう言いたいが、顎の下にパポちゃんの頭があるまままなので喋れない。
「まあ、パポの話をきいてよ。パポね双葉さんのお話きいててお姉さんへのごめんなさいは、その時にもその後にも言うとまずい言葉だったんじゃないかって感じたんだ」
言ったらまずい?何で?
「お姉さんは双葉さんに自分のせいで迷惑かけたって考えてたんでしょ。養子にいくことになったのも。お姉さん、心の中で自分自身を責めてたろうね。双葉さんは、それを分かってたろうね」
「……」
「…そうでしょう?」
動かせない頭を、ほんの少しだけ上下に揺すった。
「養子にいくとお姉さんに告げた時の双葉さんは、無意識に深い所で最善の選択をしたんだよ。大事な人を傷つけないためにさ」
「自分のせいだって苦しんでるだろうお姉さんに、ごめんなさいって双葉さんが謝ったら更に苦しめることになったかも。双葉さんの意識はそれが分かってて、きっと言えなかった。言わないように働きかけたんだとパポ思うよ」
お姉ちゃんにあの時ごめんなさいと言ったら、確かにもっとお姉ちゃんを苦しめることになったかもしれない。だけど、ワタシはずっと姉に謝りたかった。
「ねえ、双葉さん。そもそもお姉さんは両親の所から妹が去ったの、それしか道はなかったんだって分かってるよ。双葉さんのためには一番なんだって思ってくれてるよ」
ワタシの顎の下から、パポちゃんが頭をずらす。
パポちゃんの瞳は涙で潤み光っていた。
「全て自分が悪いって背負いこむの、もうやめなよ。双葉さん」
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