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死神代理と汚部屋のお掃除 分別など編 20
ワタシの腕の中にいるパポちゃん。体にはポカポカと温もりがあるし、フワフワした白い毛の柔らかさも直に肌に伝わってくる。
本物のパポちゃん、夢じゃない幻でもない。本当にワタシの所に帰ってきてくれたんだ。
「戻ってきてくれたっ…。パポちゃん、もう会えないかと思った…」
「ごめんね、双葉さん。パポいきなり消えちゃって…。ちょっとクウちゃんの勘違いでお空の上の方に引っ張られちゃったの」
「クウちゃんて…」
ワニ顔の龍神様しか該当するのいないよね。
「はじめまして。ボク龍の赤ちゃんのクウってお名前なの。お散歩でここら辺のお空飛んでたらパポ様が泣いてる気配がしてね、人間に捕まえられて意地悪されてるのかと思っちゃった。それで空間に穴開けてパポ様を持ち上げたの。ごめんなさい」
展開の突飛さに脱力しそうな気分になった。ちょっと前までしていたワタシの気苦労って…。
龍神様は悪気は丸切りないし親切心からしたことだし、顔からでは判断できないけど赤ちゃんらしいし…怒れない。
「いえ、まあ…勘違いは誰にもあるので」
気持ちを切り替えるきっかけにもなったので、むしろ感謝するところもあるかもしれない。
「何はともあれ、パポちゃんを連れてきてくれてありがとうございました」
パポちゃんを抱っこした体勢のまま、頭を下げお礼をする。パポちゃんもワタシの真似をしちょこんと頭を下げた。
「いいえー。パポ様も早く帰りたがってたし、そもそもボクが悪いんだもん。お礼どうもです」
龍神様もワタシたちに向かって、頭を、というか顔を下げた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
しかし…まじまじ見てもワニに似ている。瓜二つ。鈍い灰色の鱗に鋭い形の目、瞳孔も縦だ。パポちゃんが出てくる時に天井の穴が広がって、視界に入った龍神様の頭には象牙のような角が左右から生えていた。
ワニに角はないし瞳が桜色の爬虫類なんて存在しないから、ワニではなく龍なのは確実なのだろうけど。
「ん?クウの顔がどうかした?」
きょとんとした様子の龍神様が、ワタシのことを不思議そうに見る。
観察しすぎたかもしれない。パポちゃんを帰してくれにきたのに、顔を見てワニを連想するのは失礼だった。
「あの、何でもないので…。そのお礼というか、お菓子食べますか?」
違う生き物に酷似していると思ってしまうことへの罪滅ぼしと、ワタシの家に来てくれたことへのお礼と労いのためにちゃぶ台テーブルの上のお菓子を指差しすすめてみる。
龍神様は自分のいる空と、我が家の天井を空間を繋いで来たようだ。パポちゃんが降りてきて穴が拡がった時に、澄んだ青空が見えた。まだ赤ちゃんなのに空間をいじったりするのは、体力がいるだろうしお腹も空く。
家の周りはマンションやビルばかりだから、低い三階建アパート最上階にあるワタシの部屋の真上に龍神様がいるとすれば、それらの建物が見えたはずだ。
いま龍神様の胴体があるのは、天空で間違いないだろう。第一、全長が不明だけれど体が大きいと推測される龍神様が街中に現れば、外はとんでもない大騒ぎになっている。
「わあ、良いの?双葉さんとかって人。じゃあ、あの赤い箱に入ってるキレイな黒いのが食べたいなぁ。食べ物って初めてだ」
龍神様は超秘蔵チョコを指定してきた。一粒400円の高級菓子に目をつけるあたり、赤ちゃんとはいえしっかり者だ。
「取るから待っててね」
チョコを食べさせてあげようとパポちゃんを抱っこしたままちゃぶ台テーブルの方に移動しようとすると、パポちゃんがワタシの胸を軽くつついた。
「パポがお菓子浮かせて渡すよ」
そう言い指をツイと動かして、目に見えない何かの力でチョコを箱ごと持ち上げる。
全部か、超秘蔵チョコまるっと龍神様の胃の中に入るのか。もう一粒くらい食べておきたかったな…。まあお礼だから我慢だ。
「クウちゃん、あーん」
「あーん」
パポちゃんの言うことをきき、口を大きく開ける龍神様が何か可愛らしい。こういう感じは赤ちゃんらしく思える。
開いた龍神様の口にザラザラとチョコの粒が入れられる。すると、カッと緑色の閃光が走った。
「な、何事!?」
「平気、平気。美味しいからクウちゃんが興奮して、力がみなぎって光っただけ」
龍神様は蕩けたような顔になっていた。さっきまでと鱗の色が違っている。鈍い灰色から宝石のような輝きを放つ半透明の緑色というか、エメラルド色に変化していた。
「すごい美味しいーっ」
瞳もキラキラ輝かせて、龍神様ははしゃいだ声を出した。
「クウちゃんの種族はね、生まれた時は鱗あんまりキレイじゃない色で大きく育つ内に宝玉みたいな鱗になるの。小さい内でも気分が高ぶったり力が一時期に上がったりして、たまに変化することあるんだ。数時間すれば戻るけど」
「…そうなんだ」
もうワタシ驚かない。驚いてたら身がもたん。
「食べ物って美味しいんだね。母様のお乳より甘かった」
「クウちゃんは、まだお乳しか口に入れたことないもんね」
和やかに会話するパポちゃんたちだが、一つひっかかる発言が。お乳しか飲んだことないってことは。
「龍神様、離乳食やってないんですか!?」
「?うん」
どうしよう、あのチョコは大体が酒入りなんだけど。生まれて初めて食べたのが、酒入り菓子だと飲んべえに育ったりしてしまわないかな。
「他の食べ物も食べてみたいなあ」
超秘蔵チョコで食べ物に関心が湧いたらしい龍神様が、おねだりの眼差しをちらちらとワタシに向けてくる。
「えっと、その…」
離乳食もまだなら、あんまり栄養が偏った物を食べ過ぎるのはと不安になる。
「双葉さん…あげちゃ、だめ?」
パポちゃんまで懇願の眼差しをしてくれば、もうワタシには「どうぞ」の選択肢しかなかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ごちそうさまでしたあ。双葉さんとかって人。ここら辺の界の空、クウよく散歩してるから、会うことあったら会おうね」
「はあ、機会がありましたら」
「さようならー」
「クウちゃん、またねー」
「お気をつけて」
ちゃぶ台テーブルにあった食べ物を完食し、高級梅酒も飲み干した龍神様は満足し去っていった。
本当に飲んべえな龍になっちゃわないかな、将来が心配だ。
「何か大騒ぎだったね」
「そもそもパポが消えちゃったからだね、ごめんね双葉さん」
未だワタシの腕の中のパポちゃんが、眉を下げ申し訳なさげな顔をする。
そんなパポちゃんの顔をしばしワタシは見つめ、パポちゃんがいなかった間にした決意を伝えておくことにした。
「あのねパポちゃん、ワタシね言っておきたいことあるんだ」
「何?」
「もう過去に拘らないよ。過去のことは過去のことと諦めるよ。ワタシは死ぬその時まで、これから前だけみて進んでいく」
「双葉さんー」
「だから、パポちゃんお願い。ワタシの前からいなくならないで」
「ワタシの命が消える明後日のその日まで…どうか最期の時まで…ワタシと一緒にいて下さい」
「っうん!」
パポちゃんが終わりまで側にいてくれる。過去が救われなかろうと、それだけでもうワタシは充分だ。
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