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10 ぽっちゃりの価値
5時間ほどすると殿下たちも冷静さを取り戻し、私も一息つけるくらいには慣れてきた。焼き上がるのを待つ時間で殿下たちと紅茶を飲みながらお喋りしていると、話題は巡りに巡って私の婚約破棄に至った。
「なるほど。では、帰国前にサッと首を刎ねていこうか?」
ヨセフ殿下が真顔で言った。
それがやや小声だったので、真実味を帯びていて、私は言葉を失った。
「こら、ヨセフ。やめろ。アンバーが恐がってるだろ。そういう事はレディの前で口に出すんじゃないよ」
「……」
クリスティアン殿下の窘め方に不安が募る。
私が狼狽していると、フェリクス殿下が溜息まじりに結論を下した。
「もっと穏便にじわじわと締め上げるさ。私が生涯、爪弾きにしてやる」
「君がそう言うなら、こちらとしては打つ手がないが。いったいどんな難癖をつけてシュ……アンバーのような素晴らしい令嬢を突き返したんだ?」
さっきまで甘い焼き菓子に酔い痴れて我を忘れていたとは思えないほど、ヨセフ殿下の目は鋭い。
「私も聞きたい。大切なことだ。包み隠さず話したまえ」
フェリクス殿下の口調は促しを越えたものだったので、私はできるだけ簡潔に答えた。
「私がメイドのようだと仰って、メイドは人間ではないから恥ずかしいと……」
口に出してみると、怒りが蘇ってきた。
「使用人を侮辱されて怒る私は、愚かだと、そうお考えのようでした」
「やはり」
ヨセフ殿下が、首元で親指を水平に動かす。
それに対してクリスティアン殿下が、てのひらで制する。
「アダン伯爵こそ愚か者だ。愚か者は信頼できない。一生、爪弾きにしてやる」
決断を下すのはやはり、フェリクス殿下だ。
私は元婚約者を庇う気にはならなかったけれど、殿下がそこまで親身になって怒って下さるとは思ってもみなかったので、つい口を滑らせて本心を語ってしまった。
「でも、意外でした。体形のせいで破談になったらどうしようと、はじめは心配しておりましたので」
「え?」
「へ?」
「なに?」
殿下3人の視線を浴びて、別の緊張感に襲われる。
私は俯き、いつもの癖で手を揉み合わせた。
「私はあまり、その、見栄えがよくありませんので」
小太りなのだ。
「それなら納得したのですけれど……」
「君の?」
「見栄えが?」
「よくない?」
かなり腑に落ちない様子の殿下たちが、尚も私を凝視している。
「なにを言っているんだ。君は素敵だ」
クリスティアン殿下が言った。
「ぽっちゃりしていて、すごく可愛い」
ヨセフ殿下が言った。
「理想的だ」
極めつけはフェリクス殿下で、さも当然のように、重々しく言い放った。
私は言葉を失った。
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