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13 いつか、甘い恋が訪れたなら
「おめでとうございます、アンバー妃殿下」
バルタサールは私の前に跪き、深く頭を垂れた。
私はその挨拶を受け取らなければいけない立場になっていた。彼らを尊び労わることと、彼らと同じ場所で過ごすことは、まったく違うのだと叩き込まれた。
もう越えられない隔たりが、あるにはあった。
私のためのウェディングケーキは、神話を模した外観だけでなく、内部、その断面層も美しかった。砂糖漬けの果物と焼き色を分けた生地によって、花冠が描かれていたのだ。
「素晴らしいわ、バルタサール。誰が考えたの? あなた? ケーキはトルネルも得意よね」
私が涙ながらに頬張って尋ねている横で、殿下は黙々と恐るべき勢いでケーキを食べている。答えようとしたバルタサールの向こうに、ケーキめがけて突進してくる、ふたりの壮麗な王子様が見えた。
私の返事によってあっさりと身を引いたクリスティアン殿下とヨセフ殿下は、今では私にとっても善き友となる人々だ。私の焼き菓子や、モンソンのレシピを再現した宮廷の料理を目当てに、本当に頻繁に訪れる。
「もうっ、君ばかり狡いよ! いっそここに住みたい! 昔みたいに!」
ヨセフ殿下はそう叫ぶと、ケーキを一切れ受け取って手づかみで頬張った。
対照的にクリスティアン殿下は、恭しくケーキを一切れ受け取ってから、私とフェリクス殿下に長い祝福を述べ始め、述べ終わらないうちに徐々にケーキを食べ始めた。
「ああ、本当にここは、この世の楽園だね。そうだ、フェリクス。アンバーとの結婚を記念して、毎年、料理人たちの腕を競い合わせる大会を開くのはどうだろう。我らがシュガーも参加して、国をあげてのベイキング祭だ」
「決勝戦はアンバーとバルタサールの一騎打ちになるだろう」
一瞬、口の中がすっきりしたフェリクス殿下が、大真面目に答える。そして、
「なんとしても招かれて飲み食いする機会を増やしたいんだな」
と言いながら、次の一切れに手を伸ばしている。
モンティス派の料理人たちは、宮廷内の健康維持に貢献していた。味気ないのは悲しいけれど、彼らにも活躍の場を用意することができるクリスティアン殿下の提案は、素晴らしいの一言に尽きる。それに私も公に焼き菓子が作れるし、たとえ一時でも共に過ごした仲間たちとまた一緒に取り組める催しというのは、とても魅力的だった。
「素敵ですね。私も腕を磨き続けたい」
「お。やる気だね、シュガー」
ふたりの殿下はあれ以降、私を気兼ねなくシュガーと呼んでいる。
「はい。こどもたちの結婚をお祝いするなら、バルタサールには負けられません」
「恐れながら申し上げます」
私が殿下たちと期待に浮き立ちつつケーキを食べていると、ついにバルタサールが口を開いた。
「本日、殿下に献上いたしましたケーキは、亡き師モンソンの遺した『花嫁に捧ぐ冠』というレシピに基づいております」
「え……?」
思わず匙を止めた。
「妃殿下と競い合うなど滅相もないお話ですが、お祝いのケーキだけは、我々にお任せいただけましたらと思います。少なくとも、あと2回」
私たちは言葉を失っていた。
それは、私たち4人が、モンソンによってとびきり優しい思い出を、幼い日々に持っているからだ。私だけでなく、殿下たちも目を潤ませている。
モンソンは無口な老人だった。
けれど、わんぱく王子たちの未来を、静かに祝福していたのだ。
「結婚の記念に、まずシュガーの胸像を」
「はい、殿下。心から賛成します」
私はフェリクス殿下と頷きあって、それから跪いたままのバルタサールと目線を合わせるため、しゃがみかけた。
「いけません妃殿下!」
「!」
バルタサールが発したあまりの大声に、私は思わず、ぴょんと跳ねた。
私たちの間には確固たる隔たりが……と、一瞬、切なくなる。けれどバルタサールは、静かに恭しく、隠し持っていたらしい小さなカゴを掲げた。そこには丸々とした、可愛らしいプリンセスを象ったジンジャークッキーが。
「お幸せに」
言った瞬間、バルタサールが笑顔を見せた。
あの日々にモンソンが繋いでくれた絆が、確かに、あった。そしてそれは繋がれていくのだ。私のこどもたちが、クリスティアン殿下とヨセフ殿下のこどもたちが、やがてバルタサールを慕うようになる。かつての私たちのように。
私は幸せに満たされて、微笑みながら涙を零し、ジンジャークッキーを齧った。
ふいに、賓客に埋もれて歓談していた祖父と目が合った。
優しい微笑みは、互いにどこか、祈りに似ているのかもしれない。
(終)
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