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5 木型は椅子の中
厨房に戻ると、手の空いていたベルマンが私に気づいて笑顔を向けた。
「玉の輿かよぉ!? おい!」
「おう、アンバー。お帰り」
「殿下、美味いって?」
スヴェンとブロリーンが続き、驚いた私は戸口で立ち尽くした。
それから考えて、嘘を重ねない程度に答えた。
「甘いと仰って、お気に召して頂けたみたい」
「やったぜ!!」
トールが拳を突き上げて、私以上の歓喜を撒き散らす。
「来てくれ」
中央の台で数人と帳面を覗き込んでいるバルタサールに呼ばれ、少し気が紛れてそちらに向かった。
「殿下のいらした後、殿下の従者が来て、仰った事によると……モンティスさえ知らない秘伝のレシピがあるそうなんだよ。封印された『王子に捧げるベイキング』だそうなんだが……なにか聞いたか?」
聞いた。
たぶん、恐らく、ジンジャークッキーのわんぱく王子たちが戯れるようなケーキの事だ。一緒になって帳面を覗き込むと、不明瞭なスケッチと解読不可能な走り書きがあるばかりで、彼らが頭を抱えて呻るのも尤もだった。
「今までの流れていくと、これと、これと、これは、砂糖だろ? 卵……ミルク……小麦粉……この辺が焼き菓子だと思うんだけどなぁ」
めくりながら顎を掻くバルタサールに、私は尋ねた。
「その帳面はどこから?」
「あっち」
トルネルが答えた。その指の先は、棚。
棚は一見、整理整頓されているように見えた。けれどそれは剥き出しの中央部分と天井に近い戸棚だけで、床に近い下の戸棚の中は混沌としていた。モンティスが不要と判断したものが、乱雑に押し込まれているに過ぎなかったのだ。さらに下の戸棚は開ける気も起こさせないためなのか、戸棚部分を隠すようにして、予備の椅子や壺等が並べられていた。
「字だ」
唐突に、テディが言った。
指差されたその場所には、これまでとは違い文字だけが23行連ねられていた。しかも、同じ走り書きでもそれなりに読めるものだ。
「新しいレシピじゃない?」
「新しい?」
口から滑り出た言葉に、バルタサールがそのまま問い返してくる。
「考案してきちんと固まる前の、思いつくままに出したアイデアじゃないかしら。だからモンソン自身、読んでわかるように残した。頭の中で出来上がってしまえば、適当な覚え書き程度で充分だもの」
「なるほどな」
「だとしたら大発見だ!」
ベルマンとトールが三割増しに喜んでいる。
バルタサールはしばらくそのページに留まっていた。彼自身が残されたレシピ名に対して、あれこれと考えを巡らせているのだ。そんな中、私の目に飛び込んできて、深く根を下ろした一文があった。『わんぱく3剣士のマジパン』だ。ついさっき殿下から聞いた思い出話ではジンジャークッキーだった。そこから派生したレシピ。派生させる予定だったレシピだろう。
「たぶんだけど、このあと形になったものはあとのページにレシピがあるのかも」
私が言った瞬間、バルタサールの指が動いた。
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