序章 4

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序章 4

 しばらくして怜子と涼音が戻って来た。 「あ、あのご迷惑おかけしてごめんなさい。せっかくの集まりを、台無しにしちゃったみたいですね」  いくぶん腫れぼったさを残したままの目を伏せながら、涼音が謝る。 「いやいや謝らないで、俺たちならぜんぜん気にしてねえから。逆にこいつの心がドキドキでどうしていいか分からなくなってるんだ」  大輔が智司の背中を思いっ切り叩く。 「ねえ智司、入学式のこと覚えてないの? あんた初対面の涼音ちゃんに、いきなり告ったでしょ」  怜子が詰問するように、険しい視線で智司を睨み付ける。 「は? 告った・・・。俺が?」  まったくなにを言われているのか理解出来ず、智司は鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしている。 「はああっ、やっぱり覚えてないんだ」  怜子はがっくりと肩を落とし、溜息を吐く。 「そりゃそうだね、あんたみたいな気の弱い奴がそんな事出来るはずないものね」  そう言いながら、怜子が智司の肩をポンポンと叩く。 「でもね、あんた無意識に涼音ちゃんに告ってたんだよ」 「────」  なにも応えられない智司へ、怜子が諦めたように話しを続ける。 「ねえ怜ちゃん、もういいって」  恥ずかしそうに涼音が怜子の服の端を引っ張る。 「よかないの、ちゃんと思い出させなきゃ」  涼音を無視して、怜子が顔を智司の真ん前に近づける。 「入学式の朝、あんたは校門の前で涼音ちゃんに逢ってるのよ。しかもあんたが余所見して、一方的にぶつかってね。そん時あんた、涼音ちゃんになんって言ったか分かる」 「まったく覚えてない」  真顔で智司が応える。 〝わっ、なんて可愛いんだろ。同じクラスになれりゃいいな〟 「あんたそう言ったんだよ」 「お、俺が」 「そう、ヘタレなあんたがね。しかもそのまま涼音ちゃんには目もくれずに颯爽と立ち去ったってえんだから、一体どこの二枚目だよ」 「智司、お前そんなかっこいい事してたのか。この裏切り者」  雄太がわけの分からないことを言う。 「覚えがない。それに俺がそんな態度取れるはずないことは、お前らがよく分かってるだろ」 「やはりそうか、あんた心の声を無意識に喋ってたんだ。自分じゃ声に出したつもりもないから、可愛い女の子の顔を二度見することさえも出来ずに、逃げるようにその場から離れたんだな」 「心の声・・・」  智司が呆然とその言葉を繰り返す。 「涼音ちゃんはね、あんたのそのクールな仕草に心を掴まれちゃったわけだ。颯爽とじゃなく、真実は逃げるように立ち去っただけなのにね」 「あっ、そう言えばそんなことがあったような。でもまともに顔を確認も出来ないで、誰だかわからないままだった。可愛かったのは覚えてるけど、まさかそれが前島さんだったなんて」 「そうなんだよ、それが涼音ちゃんだったの。しかも心の声まで聞かれちゃってね」 「しかしたったそれだけで、涼音ちゃんもよくこいつを好きになったもんだな」  大輔が首を傾げる。 「それが人の心の不思議なトコよ。それ以来彼女はずっとこんな間抜けを思い続けてたってわけ。こんなに綺麗で、言い寄る男は雲霞のごとく居たって言うのに」 「ええっ、じゃ涼音ちゃんは今でもこいつの事を──」  驚く大輔に怜子が続ける。 「今夜ここに来たのも、智司が来るって分かったかららしいのよ。ねえ、涼音ちゃん」 「なんで喋っちゃうの怜ちゃん、内緒にしてって言ったのに」  顔を真っ赤にして、涼音が俯く。 「周りが煽ってやんなくっちゃ、どうせあんたたち器用に進められないでしょ。どっちも好きだってはっきりしたんだから、今日から付き合っちゃいなよ。いいだろ智司、男なんだから自分からちゃんと言ってやりな。これを逃したら、一生彼女なんか出来ないぞ」  怜子から言われ、智司が表情を引き締める。 「ま、前島さん。ぼ、僕とお付き合いして下さい、きっと大切にします。ずーっと好きでした」  ガチガチに緊張しながら、まるで中学生のような告白をする。 「こちらこそお願いします。わたしもずっと若林くんのこと好きでした」  こちらも二十六歳の大人の女とは思えない、初々しい返事だ。 「よっしゃーっ、これでカップル成立だーっ。めでたい実にめでたい、智司に生まれて初めて彼女が出来たぞ。俺は親友として嬉しい、なあ雄太お前もそう思うだろ」 「あったりめえよ、真面目でいい奴なのに今まで独りだったのがどうかしてたんだ。よかったな智司、おめでとう。それに涼音ちゃん、こんなやつの彼女になってくれてホントにありがとな」  雄太も手放しに祝福する。 「雄太、あんたもいい奴だね嫉妬もせずにさ。ようし、あたしが今度会社の女の子を紹介してやる、楽しみに待ってなよ」 「へええ、そりゃありがたいが、怜子みたいな派手なのは勘弁してくれよ。いまさらギャルと付き合う気はねえから」  雄太が注文を付ける。 「なに贅沢言ってんだよ、紹介してやるだけで感謝しろよ。雄太みたいなのには、しっかり者の女がいいんだ。あんたがお調子者だからね。ちゃあんと選んでやるから任せときな」 「けへへ、期待せずに待ってるよ」  そう言いながらも、どこか嬉しそうな顔だった。  打ち解け合った五人はそのまま飲み会を続ける。  自然と話題は明日以降の大型連休の過ごし方になった。 「みんなでレンタカーでも借りて、泊りがけでどっか行こうよ」  怜子が提案する。 「でもよ、いまから宿なんか取れねえだろ。それにレンタカーだって借りれるかどうか」  大輔がもっともなことを言う。 「レンタカー屋なら知ってるとこがあるから当たってみるよ、昔のバイトの時の後輩が務めてるんだ」  さっそく雄太がスマホを取り出し、電話を掛ける。 「車種を選ばなきゃ、どうにかしてやるってさ」  電話を切りながら、雄太が笑顔を見せる。 「あんたにしちゃ上出来だね、見直したよ」 「俺を甘く見過ぎだぞ怜子、俺だって決める時には決めるんだ。だからいい女を紹介頼むぜ」 「調子に乗んな」  怜子が雄太のおでこを弾く。 「じゃあ行き先だな、手っ取り早い所で箱根なんかどうだ」 「いいね、温泉もあって見る所も山盛りにある」  大輔の言葉に智司が賛成する。 「箱根、箱根と」  みなスマホの画面とにらめっこしながら、宿泊状況のサイトをチェックする。 「やっぱ駄目だな、どこもここも一杯で空きなしだ」  大輔が溜息を吐きながら立ち上がって、トイレへ行く。 「こっちも駄目だわ、どこもかしこもソールドアウト」  怜子も首を振る。 「じゃ、もう少しマイナーな所を検索しようぜ」  雄太がさらに検索するが、顔はしかめられたままだ。 「関東近辺はどこも全滅だな。そりゃそうだろうな、なにせ世紀の大型連休だもんな」  諦めたように智司が言う。 「ねえ雄太、旅行業界に知り合いはいないの」  怜子が無茶振りをする。 「そんな都合よく知り合いがいるわけねえだろ、俺の交友関係はレンタカーで打ち止めだよ」 「ちっ、使えねえな」 「舌打ちはやめろよ、心が折れる」  怒りもせずに、雄太がおどけてみせる。 「やっぱ、あんた性格いいね」  怜子が微笑む。 「こうなりゃ行くだけ行って、現地で宿を探すってえのはどうかな。結構当日キャンセルがあるらしいよ。現地に着いたら真っ先に宿泊施設を回って、キャンセルが出たらその時点で知らせてもらえるように頼んどくんだそうだ。かなりの割合でどうにかなるみたいだぞ」  智司が何年か前に見たテレビの情報バラエティ番組を思い出し、そう提案する。 「でもよ、万が一本当に宿が取れなかったらどうすんだよ。俺たちゃ男だからいいけど、怜子と涼音ちゃんが困るだろ」 「ううむ、それを言われるとな──」  智司が黙り込む。 「おい、良いもん見つけたぞ」  嬉々としながら大輔がトイレから戻って来た。  手には一枚のパンフレットらしき紙が握られていた。
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