第一章 出発 1

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第一章 出発 1

 曇天の中五人は首都高速から外環道を経由し関越自動車道へ入り、藤岡JCTで上信越自動車道へと分岐して西へ向かって走っていた。  運転は新宿のレンタカーショップから、大輔が担当している。  助手席には怜子が座り、後部座席には涼音、智司、三列目シートには雄太が鎮座している。 「おい怜子、ちゃんと地図見ろよ。ナビ壊れてんだからな」 「わかってるよ、何度もうるさい。高速走ってる分にはただ真っ直ぐなんだから、案内なんかなくったって構わないじゃん。あんた馬鹿じゃないの」  三回目に大輔から同じ事を言われ、いい加減頭に来たらしい怜子が切れた。 「なに言ってんだよ、首都高のってからだって随分分岐しただろ。一本道なんてよく言えるな、だから女は嫌なんだよ」 「うるさい、うるさい、うるさい。運転は男の仕事でしょ、つべこべ言わずやりゃいいのよ」 「ふざけんな、勝手なことばっか言いやがって」  ずっとこの調子で、二人は掛け合い漫才のような会話を続けている。 「いい加減喧嘩すんなよ、聞いてるこっちがうんざりする」  最後部座席から、雄太が文句を云う。  昼前にJR新宿駅で待ち合わせた五人は、みんなで昼飯を済ませ駅から五分ほどしか離れていない、雄太の知り合いが務めているレンタカー屋へ向かった。 「あっ雄太君、ごめんミニバンサイズの車都合つかなくなっちゃった。コンパクトカータイプならあるんだけど、駄目かな」  雄太の顔を見るなり、調子の良さそうな青年が駈け寄りすまなそうに頭を下げる。  そこに準備されていたのは、五人乗りではあるがサイズが小さめのラクティスだった。 「なに、そりゃねえだろ、確かに五人乗れりゃ数は合うけど狭いだろが。なんとかしろよ、俺の顔を潰すのか」 「だからこうして謝ってんじゃない、これだって特別に都合つけたんだから。この期間に予約もなしに借りれないよ普通だったら」  言っている事はもっともだ。 「聞いた通りだ、狭いけどこれにするしかねえようだな。我慢するか」  雄太が相変わらずの能天気な顔で、ほかの四人へ訊く。 「あたしはこんな狭い車嫌よ、絶対に嫌だからね。ねえ涼音ちゃんも嫌でしょ、狭っ苦しくってこいつらと肌くっつけ合うなんて」 「えっ、ううーん、わたしは──」  ふられた涼音は、困ったような顔でどうとでも取れる愛想笑いをする。 「ほら、涼音ちゃんも嫌だってさ」  勝手に怜子は、涼音を自分の味方に引き込む。 「おい、そこの青年。昨夜はミニバン準備するって言ったんでしょ、責任取りなよ。新車買ってきてでも用意しなさいよ」  雄太の後輩を指差し、無茶苦茶なことを言い始める。 「なんなんですこの派手なおばさんは、クレーマーじゃないですか。雄太君こんな変な人と友達なんすか。相当やばいっすよ」  小さな声でこそこそと、青年が雄太に耳打ちする。 「派手で悪かったわね、聞こえてるんだけど。こうなったら絶対にミニバンじゃなきゃ嫌だからね。それに言っとくけどおばさんじゃないから、まだ二十六歳だっつーの失礼だろお前」  眉を吊り上げて、怜子が捲し立てる。 「なあ、あそこに停まってるのヴォクシーじゃないか」  なおもギャーギャーと騒いでいる怜子にうんざりした大輔が、駐車場に目を移しながら一台の車の方に近づいて行く。 「なんだよ、ミニバンあるじゃねえか。これ貸してくれよ」  それを横目で見ながら、雄太が後輩の肩を叩く。 「いや、それはちょっと訳ありでして、お貸しできないんですよ」 「訳ありってなんだよ、まさか事故車で幽霊が出るとか?」  からかい半分に大輔が胸の辺りに両手を持って行き、ゆらゆらと震わせる。 「いやそんなんじゃないですよ、ナビが故障してるんです。昨夜まではなんでもなかったんだけど、今朝になって急に反応しなくなっちゃって。実はこれを貸すつもりで用意してたんです」 「なあんだ、そんなもんなくったって構わないって。こんだけ人数いるんだから地図見ながら、誰かが誘導するわよ。スマホのナビ機能もあるし心配ないって、これに決ーめたっと」  それまでの不機嫌が嘘のように、笑顔になった怜子が車内を覗き込んでいる。 「いやいや、社内規則でそれは出来ません。ばれたら俺が怒られちまう、勘弁してくださいよ」  困り切った顔で、後輩が雄太に視線を絡める。 「大丈夫、大丈夫、壊れてなかったって事にして貨しゃいいじゃん。返却するときに途中で変になったって事にしてやるから、青年よ堅いこと言うな。雄太、早いとこ書類書いちゃえ」  怜子はもう借りるつもりでいる。 「雄太君なんとか言ってよ、俺クビになっちゃうよ。事務所にいる上司だってナビのこと知ってんだから、誤魔化せないって」 「急にナビ使えるようになったって事にしろ、故障もいきなりだったんだから原因なんてわかっちゃいないんだ。なんとかしろよ、ここで巧くやってくれたら女紹介するぞ。お前彼女いないんだろ、どうすんだよ」 「お、女って──、雄太君だって彼女いないくせに、どうやって紹介するんですか」 「馬鹿! 俺じゃなくって、あの怜子がしてくれるんだよ会社の後輩OLを。ここで機嫌損なうと、紹介してもらえねえぞ」 「OLですか・・・。ホントに紹介してくれるんでしょうね」  真顔になって後輩が訊いて来る。 「よし、ちょっと待ってろ」  雄太が怜子に近寄り、後輩の方を指差しなにか言っている。  怜子が頷く。  そうして、親指と人差し指で丸を作り笑顔でウィンクする。 「というわけだ、事務所で書類作るぞ」  顎をしゃくりながら、雄太は簡易な造りの平屋の事務所へと歩いて行く。 「絶対約束守って下さいよ」  あとを追って、後輩も小さな事務所の中へ入って行った。  レンタカーショップを出たのは十二時三十八分であった。  予定では目的地のペンションに、六時前には到着するはずだ。  ペンション自体には温泉はないが、歩いて三、四分の所に地域の公共温泉施設があるらしい。  最近になって新しく整備されたらしく、パンフレットによれば大小さまざまな湯船が六つもあるという。  場所は長野県の戸隠神社で有名な地区の西側に位置した、人里離れた山の中の集落だった。 『茂野延村(もののべむら)』という一般的にはまったく知られていない場所なのだが、温泉施設を整備したのに伴い、これから温泉と緑深い自然を売り物に観光に力を入れていくという内容がパンフレットには謳われていた。  昨夜満面の笑みで一枚の紙を手に大輔がトイレから戻って来た時、智司はなにか不可解な感覚に襲われた。  既視感(デジャヴ)と言われている現象だった。  前にもまったく同じような経験をしており、この先にどんな会話が交わされるのかもすでに決まっているように思われた。  その感覚通りに、会話は展開された。 「なによその紙、どっから持ってきたの」  ひったくるように怜子がそれを奪い、内容を確認している。 「いいんじゃない、面白そう。温泉もあって自然の中でのんびりと過ごすなんて、いい骨休めになりそうね」 「だろ、便所の洗面台の横に貼ってあったんだ」  得意そうに大輔が胸を張る。 「みんなどう、いまさら贅沢言ってらんないからここにしない」  怜子が他の三人にパンフレットを見せる。  いかにも手作り感のあるパンフには、まだ新しそうな温泉施設の建物に良い景色の露天風呂、白い外観の小綺麗なペンションと緑の山々の写真があった。 「いい感じだな、ここにしようぜ」  雄太の言葉に、涼音も頷いている。  しかし智司は、あまり気が乗らないでいた。  今まで経験したことのない違和感が、身体全体を包んでいたからだ。 「ねえ、電話番号が書いてあるわ。大輔あんた電話してごらんよ」  紙一枚だけのパンフレットを突っ返しながら、怜子が大輔へ連絡をしてみるように促す。 「こんな時間に電話通じるかな、駄目元でかけてみるか」  すでに八時を回っている。  大輔がスマホを取り出し、書かれている番号を押す。 〝知ってるぞ。電話はすぐに通じて、俺たちはそこに行くことを決めるんだ〟  智司はどこか遠い世界を俯瞰でもしているような、既視感独特の気分の中にいた。 「はい、ペンションあさかぜです」  まるで待ってでもいたかのように、ワンコールする間もなく電話がつながった。  既視感はますます強くなり智司はそのすべてを、一度、いや何度も経験しているような気がした。 〝行っちゃいけない〟  誰かが頭の中で警告を発していた。
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