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②
番になる約束をした僕たちだけど、そんなに簡単な話ではないと思っていた。それでも今の僕たちふたりでなら絶対に乗り越えられるって信じられた。
気負って受診したバース専門病院だったけれど、そんなに待つことなく番になれる可能性は高いと言われた。今はまだヒートがどういうものだったのかを身体が思い出したばかりでヒートは不定期だけど、いずれは安定するだろうから焦る必要はないという話だった。
一度擬似的なヒート状態になったことと、頸への刺激。それにそもそもふたりとも小さなころに運命を感じていて、お互い以外を寄せ付けないための防衛本能だったのではないか、ということだった。響くんも他のΩフェロモンに対してそこまで反応していなかったらしいし、本当にそうだったらいいなと思った。僕はポンコツじゃなくて、響くんだけのためのΩだったと思えるから。
僕たちは今回の件をお互いの両親に最初からきちんと話すべく、響くんのお家へと両親を連れてお邪魔することにした。
父は僕の様子がおかしいことに気づいていた(響くんのフェロモンがべっとりついていたらしい)けれど、僕が隠そうとしていたことと、どこか嬉しそうでもあることから、恥ずかしがっているのかもしれないと思ったらしい。それに本当に困ったときは相談してくれると信じていたから、見守ることにしたということだった。響くんのフェロモンから悪意を少しも感じなかったのもそう判断した理由のひとつだったらしい。
響くんのご両親は他のΩのフェロモントラップを未然に防げなかったことと、どんな理由があったとしても襲ってしまったという事実は変わらない、と謝ってくださった。そして本番はきちんと場を整えるからねと言ってくださって、響くんが「それは俺が、俺たちが考えるから」って慌ててて、「初夜」とか「初めて」とか何度も出てきて僕は真っ赤になって俯くことしかできなかった。響くんのご両親に受け入れてもらえたことは嬉しいけれど、これはちょっと、いやかなり恥ずかしかった。
両親たちが意気投合してお酒を飲み出したので、僕たちは響くんの部屋へと避難した。そこには当然のように如月くんも付いてきたけれど、もうモヤモヤとはしない。如月くんが響くんの護衛で、家族みたいな存在なんだと分かっている。響くんにとって大切な人は、僕にとっても同じだ。それに、あんなにΩだと思って疑わなかったのに、今はどう見てもΩには見えなかった。Ωに見えていたのも自身の劣等感と響くんの傍にいる如月くんに嫉妬していただけなのかもしれない。真実を知った今ではきちんとふたりの間に信頼関係はあるものの恋愛感情はないのだと分かる。
誤解もなくなり、お互いの気持ちが通じあった今でも僕の心をときどき、猫がひっかくみたいなカリカリとした痛みが走る。
十年前のちょっとした出会いから響くんがずっと僕を好きでいてくれたことも、今回のことで僕のΩ性が花開いたのも、奇跡みたいな話だと思う。普通じゃ考えられない。ぜんぶがうまくいきすぎていて、かえって不安になるのだ。お互いに嘘をつくことはもうないけれど、この幸せ自体が嘘なんじゃないか、夢なんじゃないかって思ってしまう……。
そんなことを考えていると、如月くんが突然「嘘から出たまことだな」と言った。唐突すぎてキョトンとする僕に、続けて響くんも「俺と真琴さんの場合、嘘から出た番の方がしっくりくるかも」と言って、ニッと笑った。
最初は何を言っているのか分からなかったけれど、ふたりの僕を見る優しげな眼差しでハッとした。僕の不安を理解して受け止めて、そして大丈夫だと伝えてくれているのだ。
そうだ。僕たちの関係が『嘘から出た番』なのだとしたら、嘘や冗談が本当になるはずで、だから僕の今の幸せは信じられないくらい幸せでも、本当のこと。僕の不安は一瞬で拡散して、消えた。
弱く、怖がりな僕でも響くんの、このふたりの傍でなら強くなれる気がした。幸せを幸せとしてちゃんと受け止めることができる強さ。
僕はやっと笑顔になって、「確かに」と言って笑った。
『嘘から出た番』、僕たちの嘘からはとびきりの幸せが出た。
それは嘘のような夢のような、本当の話。
−終わり−
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