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8 嘘から出た番(まこと) ①
目が覚めると僕は見知らぬベッドに寝ていた。腕には点滴がされており、多分ヒート抑制剤なのだろうあれほどあった熱は消えていた。
視線を巡らせると、響くんが点滴をされていない方の手を握って、目を閉じているのが見えた。
どう、して──? 僕は響くんに嘘をついたのに。響くんにだってそれは分かったはず。それなのにどうしてまだ優しくしてくれるの? どうしてそんなに心配してくれるの? ──どうして今も傍にいてくれるの?
一瞬期待しそうになるけれど、すぐに違うのだと否定する。響くんが優しいだけで、僕のことを好きなわけじゃないんだ。
「……」
わずかな空気の震えに、僕の目が覚めたことに気づいた響くんと目が合った。目を逸らしたいのに逸せない僕と、なにかを言おうとしてはやめて、を繰り返す響くん。
──本当は気づいていた。今までにも何度もあったことだ。言いたいのに言えない……言葉を飲み込むような、そんな響くんの仕草。僕は響くんとの関係を終わらせたくなくてそれに気づかないフリをした。でも、もうそれも終わり。
「騙しててごめんね。僕、今までフェロモンも出ないしヒートだってきたことなかったんだ。だからΩとは名ばかりのβみたいな、ポンコツΩ──のはずだったんだけどなぁ……」
自嘲気味にそんなことを言ってみたけれど、響くんはなにも言わない。ただ苦しそうに僕のことを見つめていた。
そんな顔をさせたかったわけじゃなかった。僕はただ響くんが幸せならそれでよかったはずだったのに。
「あのときの──もう分かってると思うけど、本当は番契約なんて成立してないんだよ。だからね、僕のことは気にしないで響くんが本当に愛する人と番になってください。お嬢さまの件も、最後まで協力できなくてごめんね。それと……、今まで本物みたいに大事にしてくれてありがとう」
自分の本当の心は隠したけれど、最後に言いたいことは言えたし自然と微笑むことができた。これは嘘じゃない。強がりでもない。こんな僕に少しの間だけど夢を見せてくれた響くんへの感謝の気持ち。
僕の言葉を受けて、響くんの顔がくしゃりと歪んだ。
「俺の愛する人──? そんなに……如月の方がいいんですか? 如月の方が好きなんですか?」
震える声で、なぜか傷ついたような顔をする響くん。
「どうして……俺じゃないんだ。こんなに好きなのに……よりにもよってなんで如月を──」
どうやら響くんは、僕が如月くんのことを好きなんだと勘違いしてるみたいだった。
嘘ついた上に自分の好きな人を僕が好きだなんて許せないよね。でも、それは違うからきちんと訂正しないと。
「えっと……僕は如月くんのこと好きじゃないよ? あ、ごめんね。響くんの好きな人のことを嫌いって言ってるわけじゃなくて、えっと──」
「は? 俺が如月を好き? それが恋愛的な意味で言っているとしたら、あり得ません。そりゃあ友人として、家族としての愛情はありますが、真琴さんへのものとはまったく違います」
「へ……?」
「──今ので完全に分かった。本当にまったくこれっぽちも俺の気持ちは伝わってなかったってことか……自分が悪いとは言え、これはちょっと、かなりキツイ」
「響くんの気持ち?」
響くんは一瞬だけ渋面をつくり、ぐぅと唸ったあと真剣な顔をした。
「俺は真琴さんが好きなんです。ずっとずっと好きだった。十年前のあの日、音楽教室で真琴さんと出会って、俺の世界は真琴さん一色に染まったんだ。好きで、好きでたまらなくて、高校で再会したときどうやったら俺のものになるかって、そのことばかり考えてました」
「──嘘……」
思いもよらなかった告白に、驚きすぎて次の言葉が出てこない。
「ヘタレて嘘をついてしまった俺だけど、これだけは信じてください。あなたを愛しています」
そう言って愛を乞うように僕を見つめる響くん。
僕の目から涙がぽろりと溢れた。それを見て、泣かせてしまったと慌てる響くんに、違うのだとゆっくり首を左右に振った。
そんな嘘みたいな本当の話、あるのだろうか。僕は怒っているのでも悲しんでいるのでもなく、嬉しくて涙が出たんだ。
響くんも僕と同じでずっと愛しいと想ってくれていたの?
嘘つきでポンコツの僕を?
「僕も」って言いたいのにヒックヒックとしゃくり上げることしかできない。
響くんは僕を落ち着かせるように優しく微笑みかけて、綺麗なハンカチで涙を拭ってくれた。
「真琴さん、改めて言いますね。俺、山野 響は伊藤 真琴さんのことを心から大事に想っています。愛しています。なにが起ころうとも一生涯あなただけです。あなただけが欲しいんです。どうか真琴さんの本当の気持ちを教えてください」
響くんの熱烈な告白に驚いて、涙は止まってしまった。そしてじわりじわりと嬉しい気持ちが膨らんでいって、一気に爆発した。
「僕も……っ! 伊藤 真琴も山野 響くんのことがずっと、ずっと好きだった! 初めて会ったときから大好きだったんだっ! うぇ〜ん!」
せっかく一度は止まった涙が隠していた気持ちと一緒にどばっと溢れた。
「ひっく、ひっく。あのね、──うまくヒートが起こるか分からないけどね、今度こそ響くんの本当の番になりたい……」
諦めていた番だけれど、今回の初めてのヒートと、響くんと一緒なら希望が持てる気がした。
響くんは僕の額に自分の額をコツンと合わせて、「絶対になれる。愛してる」と囁いて、今度はハンカチじゃなく唇で涙を拭ってくれた。それがくすぐったくて、僕は「うひゃ」だなんて変な声を上げて、ふたりで笑ったんだ。
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