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 というわけで、人助けとして僕は山野くんの偽の婚約者をしていた。あくまでも偽のだから、ずっと一緒にいなくちゃいけないってこともないと思うのに、山野くんは僕と可能な限り一緒にいようとしてくれた。休み時間のたびに僕の教室にきてくれたり、さすがに毎日は無理だったけれど一緒に帰ってくれたり、なにかとプレゼントをくれようとした。もちろんプレゼントは全部お断りしているけれど、これじゃあまるで本当の婚約者みたいだ。  こんなことが本当にお嬢さまの件の解決に繋がるのか、と思わなくもないけれど山野くんが言うのだから間違いはないだろうと思う。僕も受け身だけじゃなくて、もっと頑張らなくては。  学校からの帰り道自分から山野くんと手を繋いだりして、これは偽だから、山野くんのためだからって自分に言い訳をしてちょっとだけ大胆な行動をとったり。  そして繋いだ手から伝わる温もりに、山野くんには悪いけどずっとこのままならいいのになぁって思っていた──。  そんな自分勝手な想いを抱く僕にバチがあたったのかもしれない。  最初は変な使命感や、戸惑ったり嬉しいだけだったけれど、近くにいることで気づいてしまった。  山野くんが僕に話してくれた話には、続きがあるんじゃないかということ。  山野くんと僕は一緒にいる時間が増えたけれど、僕以上にいつも一緒にいる人物がいるのだ。ふたりは僕みたいになんちゃって幼馴染みじゃなくて本当の幼馴染みらしいんだけど、如月 由井(きさらぎ ゆい)くんというとても美人な男の子だ。二次性は聞いていないけれど、多分Ωだと思う。同じクラスということもあるのかもしれないけれど、いつも一緒にいて、距離も近い。  だから思うんだ。僕はもしかしてお嬢さまを断る理由と、如月くんとの仲を隠す隠れ蓑なんじゃないかって。如月くんとの仲を公表できないわけがあって、解決するために頑張ってる最中なんじゃないかって。  お嬢さまの話を断るだけにしては時間がかかりすぎているし、どこか誤魔化されている感もある。それにそうじゃなきゃこんな大事な役目、僕じゃなくて如月くんに頼むはずだもん。  それくらいふたりの間には、僕にはない絆のようなものを感じてしまうのだ。  ──そっか。  風船みたいにふわふわ浮かんでいた気分が一気に萎んでいった。  だけど、そうだとしても僕がやることに変わりはない。偽の婚約者として頑張るだけだ。ふたりがうまくいくように、山野くんの役に立てたらいい。  ──そう思っていたのに、こんなことになってしまった。 (※時間があの日の夜の学校の水飲み場で、身体を拭かれている時間に戻ります)  僕の身体を拭き終わった山野くんは僕が何かを言う前に僕のことを抱きしめて、 「俺の──番。これからよろしくお願いします……っ」  って感極まったみたいに言ったのだ。  わけが分からなかった。いくら優しい山野くんでも本当に愛しい相手は他にいるのだ。番婚間近というのもフリだけでそんな事実はないのだ。  だからこんなことはいつか、そう遠くはない未来に終わるのだと思っていたのに、山野くんの態度は予想とは全く違っていて、喜んで見える……?  まさか、そんなばかなことあるはずがない。 「どうしたんですか? あ、どこか痛いとか? 俺かなり乱暴にしちゃいましたよね? 大丈夫ですか?」  と綺麗な眉をへにょりと下げ、申し訳なさそうにする。  多少乱暴にされたからと言って僕は男だし、筋肉痛以外でどこが痛いとかはない。それにうっすらと残る記憶では優しく抱いてくれたと思う。  色々なことは忘れてるくせに山野くんのアノとき(・・・・)の表情がふいに浮かんで、急に恥ずかしくなって俯いた。真っ赤に染まる顔を見せたくなかったのに、なにも言えないでいる僕を心配そうに覗き込む山野くん。 「…………っ!」  心臓が口から飛び出てしまいそうで僕は慌てて両手で口を塞いで、こくこくと何度も頷いた。 *****  ひとり百面相しながらも、当然とばかりに家の前まで一緒に帰ってくれた山野くん。それだけじゃなく今回のことを謝罪して、番になった報告をしたいと言う山野くんに僕は、両親にはまだ言わないで欲しいとお願いした。山野くんは少し複雑そうな顔をしていたけれど、僕が譲らないことが分かったのか「伊藤さんがそう言うなら……」と渋々ながらも引き下がってくれた。そして「落ち着いたらすぐにご挨拶に伺いますからね」とも。僕は黙って頷いた。  でもね、そんな日はこないと思う。だって、なかったことにするんだから両親に報告する必要なんてない。もしも──だったとしても、それならそれでそのときに考えればいいし、山野くんに迷惑をかけるつもりもない。  どちらにしても今はまだ──。  もう少しだけ、僕に時間をください。
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