② @山野 響

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② @山野 響

 あの日、俺はあの子──伊藤 真琴さんと一緒に帰るべく、真琴さんの教室に小走りに向かっていた。本当は全力疾走したいくらいだが、学校の廊下ではそうもいかない。  今日は委員会の用事で少し遅れてしまったから、お詫びと称して普段は断られてしまうプレゼントを贈ろう。なにを贈れば喜んでくれるだろうか──だなんて、完全に浮かれていた。如月はもちろん少し離れた場所から着いてきていて、生ぬるい視線を向けていたが、いつものことなので気にしない。  ──油断、していたのかもしれない。俺も如月も。  もう少しで教室、というところでふわりと香ったΩのフェロモン。ヒートフェロモンであっても普段はほとんど影響を受けないのに、そのときはいつもと違っていた。もろに影響を受けてしまったのだ。今考えると、あのときはヒートフェロモンを嗅ぐのと同時に真琴さんの姿を見てしまったからだと思う。脳が真琴さんを求めた結果、錯覚して他人のフェロモンなんかでラットを起こしてしまったのだ。  他人のフェロモンで、だなんてこんなこと真琴さんには言えないが、真琴さんの姿が最終的に引き金になったのだから真琴さんに対してラットを起こした、ということでいいのではないだろうか。我ながら無茶なこじつけだとは思うが、真琴さん以外感じたくもないし感じるはずもなかったからだ。  それから俺はただ真琴さんのことだけを見て、真琴さんだけに発情した。  愛してる。愛しい俺の────。  どのくらいだっただろうか、長くもあり短くもあり、ひどく幸せな時間だった。  突然の『音』に意識が現実に引き戻されて、自分と真琴さんの有り様を見てヒュッと喉が鳴った。  これは──。俺は……無理矢理──?  熱に身を任せる前のことを思い出し、青褪めた。  怯える真琴さんを押さえつけて、可憐な唇を奪った。そして、そして──服を勢い任せに脱がせて……己の欲を何度も何度も──。  どうしよう──『責任』……という言葉は使いたくない。そうじゃなくて、俺の想いを伝える為には──、いやまずは謝るとこからか? それとも好きだと伝える方が先か?  などとごちゃごちゃと考えていたら、さっきから続く音は着信を知らせるものだったらしく、真琴さんは普通にスマホに出ておそらく母親に今から帰ると告げていた。  え? この状況で? 真琴さん?  混乱していると、真琴さんはなにごともなかったかのように教室を出ていこうとしていた。  慌てて声をかけた。とりあえず確認から。こくりと頷く真琴さんが可愛くて、愛しくて、俺が汚してしまった色々を丁寧にタオルで拭いていった。ひとつ拭くごとに愛しさが募り、思わず抱きしめて「俺の──番。これからよろしくお願いします……」と口にしていた。  戸惑う真琴さんに、身体の心配をすると「だいじょうぶ……」と小さく呟いて真っ赤になって俯いている姿はマジ天使!  そのときの俺は愛しい人を手に入れた喜びと、これからどうやっていちゃつこうかとかそんなことしか頭になかった。 *****  護衛である如月は、本来なら真琴さんとのことも防がなくてはいけなかったが、俺の真琴さんへの想いを知っていたから俺に任せてくれたらしい。如月から見て真琴さんの方も俺のことを好いてくれているように思えたからこそではあるが、まさか俺が想いも告げず襲った挙句、頸まで噛んでおいていまだに好きだと言えていないとは思わなかったらしく、ひどく呆れられた。ヘタレな俺のことだからなにもできないと思っていたらしい。  そしてこの件はまだ父にも母にも報告はしていない。  自分の立場が──ということではなく、真琴さんともっと仲を深めて、できれば『初めて』のやり直しをして、真琴さんにも幸せを感じてもらった上で報告したいのだ。俺が真琴さんのご両親に挨拶するのを拒んだのもその辺が関係しているのではないだろうか。 「やっぱりちゃんと段階踏まないとな。女の子はそういうとこあるって聞いたことあるし、真琴さんは女の子じゃないが、あんなに可愛いんだからもしかしたらそんな風に思ったのかも知れない」  まぁ時間がかかったとしても俺たちは既に番なのだから、大丈夫だ。  どこまでも俺は浮かれすぎていて、大事なことがなにも見えていなかった。
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