走馬灯からの景色

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 彼女と久しぶりに言葉を交わしたのは、校舎の裏で水浸しになっている彼女を見つけた時だった。校舎を見上げると複数人の女子生徒が二階にある窓から笑いあっていた。一人の手にはバケツが握られていて、その中から水滴が彼女の頭にぽつりと落ちた。  彼女らは僕の姿を見ると、つまらないように汚い言葉を吐きながらその場を去っていった。僕は慌てて彼女に駆け寄って、着ていた制服を彼女の肩にかけるように着させようとした。  すると、彼女はまるで親の仇を見るような鋭い目つきで僕のことを睨んだ。 「なんで、キミはそうやって私の邪魔をするの」  彼女は僕の手を振り払って、速足で遠ざかっていく。僕は理解が追い付かないまま、反射的に口を開いた。 「ちょっと待ってよ。――僕は君とまた話をしたいだけなんだ」  彼女は足を止めて顔の半分だけをこちらに向けた。僕はびっしょりと濡れる彼女の黒い髪の毛の間から覗くような左目しか見えなかったけれど、その視線は冷たい空気を纏って僕の姿を捉えていた。 「──今は、キミのやさしさがとても迷惑なの」  そう言い残して、彼女はもう振り返ることなく歩き去ってしまった。それが数年振りに交わした幼馴染との会話だった。  その後も彼女は一部の女子生徒たちにいじめられ続けた。周りの人間が気づけなかったのは、いじめが陰湿で気づきにくかったわけではない。彼女が徹底していじめられていることを隠し続けたからだ。あの学校で彼女に対するいじめを認知していたのは、加害者側の人間達を除けば、僕だけだっただろう。  こうして、彼女を取り巻く関係は、彼女を奉り上げる人間と彼女に嫉妬に似た感情を向けて嫌悪する人間の二つに分かれた。中学二年の頃だったと思う。
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