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テオミカ♡食べ歩き会議
ここは世界の東の端っこ、日没の風に金の巻毛が踊る。
ミカはベランダの柵のあいだから白い素足を投げ出し、ぷらぷらと退屈そうに揺らしながら、群青に沈みゆくトーキョーの街を見下ろしている。
風に膨らむブカブカのTシャツは、先日俺が寝巻き用に買った見切り品。
ミライトワだかソメイティだかいう主張激しめの謎の生物が描かれたそのTシャツは、背を向けていれば純白の衣。指先でその背中に天使の羽の輪郭を描いてみる。
やはり天使だ。サムライとニンジャとゲイシャの国の古マンションに舞い降りた、大天使ミカエル――
なーんちゃって、この人ヴァンパイアでぇーす!
「テオ!」
ミカが振り返って俺を呼んだ。男同士の濡れ場を描いていたペンタブから手を離し、よっこらせっと立ち上がる。
5階のベランダに出ると、そよそよと爽やかな夕暮れの風が吹いていた。
「メイちゃん親子帰ってきたよ!」
306号室。シングルマザーの山下さんと娘のメイちゃん。
母親の右手には、弁当屋の売れ残りがパンパンに詰まったエコバッグ。もう片方でメイちゃんと手を繋ぎ、歌を歌いながら坂道を下ってくる。
「やっぱり桃だ。プリップリの採れたての桃」
立ち上がり、ベランダの柵から身を乗り出したミカが、ごくりと喉を鳴らす。
そんなミカを背中かから抱え込んだ。
ミカの頭の上にちょうど俺の顎が乗る。120年間1ミリも変わらないぴったりジャストサイズ。
「うーん、メイちゃんいつもながらフレッシュでジューシー。いい香りがここまで匂ってきそうだ。よだれが出る」
「でもだめだよ。残念だけどあと10年は待たなきゃ。そして10年後、僕らはもうこのマンションにいない」
手に入らない幻の桃を見るような気分で、7歳のメイちゃんを眺める。
子どもの血は吸わない。弱っている人間の血は吸わない。病人や老人は論外。
これが俺たち節度あるヴァンパイアのマナー。
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