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それからほんのわずか、何か切ないような感覚に捕らわれた後。私は再び、床に落ちていたナイフを拾い上げ。残っていた最後の力で、胃と食道が繋がっている部分を切断した。もう、その箇所に痛みは感じなかった。すでに痛覚も麻痺し始めているのだろう。切断された食道の断面からは、たちまち血が滴り出したが。胃の傷口の方は、まさしく内臓の自らの意思によって、その断面を「めりっ」と内側にめりこませていくのが見えた。それで、胃からの出血は止まった。
私は安心し、半ば朦朧とした意識のまま、手探りで大腸の最後尾を探し。そして、肛門との接合部を切断した。おそらくそこも、出血はしないだろう。私の腹の裂け目には、とめどなく血が流れ続けているが。こいつは、もはや私から完全に独立した内臓は、もう血を流す事もない。大丈夫だ。私は自分の口元に、自然と微笑が浮かんでいる事に気付いた。
「さあ……」
私は力ないかすれた声で、私の内臓だったものに語りかけた。さあ、行けよ。私の思いは、私が産んだ新しい生命に伝わった。内臓は、一瞬立ち去るのをためらうかのような素振りを見せ――それはおそらく、私へのささやかな感謝の表れだったのだろう――そして、くるりと向きを変え。胃を先頭にして、小腸や大腸、肝臓を引き連れながら、私の腹からぬるぬると抜け出し。私の足元、ベッドの向こう側に落ちていった。「ぐちゃっ」と、何か柔らかいものが床に当たる嫌な音が響いた後。やがて、ずる、ずる、と足を引きずるような音が、ベッドから遠ざかっていった。
その音が聞こえなくなる頃、ようやく使命を終えた私は、かすかに口元に微笑を湛えたまま。未だかつて経験したことのない満足感と安堵感に満たされつつ、ベッドの上で、ゆっくりと目を閉じた。
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