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あきなの拳はみぞおちへ見事にクリティカルヒットした。
それを見てテーブルを挟んで反対側に座っている女子の内一人が、
「はわぁあ、痛そうです~。凄い迫力ですねぇ~。私もやってみたいですぅ~」
とノンビリとした声を上げた。
更にその横に座っている女の子も、「さすがあきなちゃん。腰の入った良いパンチだ……ですわ」などと口々に声を上げていた。
「んっがっ……ぐっううう」修二はたまらず腹を押さえて「何すんのよ~、殴る事ないじゃないのさ」言いながら悶絶する。
「許可なく人の事を触るあんたが悪い」言い返すあきなの目には涙がうっすらと浮かんでいる。
「ありゃ、泣いてんの? そこまで嫌われてると思わなかったな~」
修二は日頃あきなをからかったり、むやみに馴れ馴れしくすることが多い。とはいえ流石に涙を流すところをみせられるとひるんでしまう。
「な、泣いてなんかいないわよ。あんたの事は大嫌いだけど。そんなことで泣くもんですか」対して彼女はそんな言葉を返すが、目元をティッシュで必死に拭っていた。
「あきなちゃん何気に怖がりだからな~。怖い話を聞いてる所にいきなり肩叩かれてびっくりしちゃったんじゃないの?」薄暗くて良く見えないがテーブルの反対側から金鞠あゆみの声が聞こえる。
その右隣には先ほど声を上げていた化け狸の盛狸山真奈美。修二の妹、美奈穂の姿もあった。
そしてこちら側テーブルにはメアリー、皿屋敷あきな、雪女と人間のハーフ安満蕗ひみかともう一人見慣れない女の子が座っている。その女の子はひみかの腕にしがみついて震えていた。
「怖い? あきなちゃん、あんたお化けとかが怖いのかい」見慣れぬ女の子にひっかかりながらも、修二は呆れたようにあきなの方を見た。
言われた当の更屋敷菊奈。見た目はメアリーと変わらず二十代前半の女性に見える。
しかし、修二が言っている言葉の意味。それは、ただ単に大の大人がお化けを怖がっているのかという意味で発せられた訳ではない。
「しょうがないじゃない。怖いもんは怖いんだから」
むくれたように返す彼女の正体は番長皿屋敷のお菊さんだ。
「まあ、皿屋敷って言えば日本三大怪談の内の一つだあね。誰でも知ってる女幽霊の代表みたいなもんだ。落語の題材にもなってるしね。それがお化けを怖がるってのは、ちょいとだらしないんじゃないかとアタシも思うね」
そういうメアリーの趣味は落語を聴く事だった。彼女が初めて日本にやってきた明治時代に寄席へ行って以来の事らしい。そして落語の皿屋敷に出てくるお菊さんも怨念を秘めた恐ろしい存在ではなくとても人間くさい。今のあきなに少し近いものがある。だから、メアリーと彼女は馬が合うのかもしれない。
「い、生きてる人間だって、殺人犯とか危ない人の事は怖がるでしょ。それと同じよ」
「そんなもんかね~。へへへでも、こりゃいいこと聞いちゃったかもな。それが弱点て訳だ」
修二は日頃あきなにちょっかいをかけながら最後にはへこまされる。そんな彼女の以外な弱みを握れたことにご満悦らしい。
「調子に乗らないことね。幽霊は怖くてもあんたなんかこの拳で一発よ」
対してあきなはシュッシュッといいながら、ジャブとストレートを空打ちして威嚇する。
「じょ、冗談だよ。そもそも、これはどういう趣向だい?」部屋を暗くして怪談話をする。彼もここに長い事住んでいるが今までそんなことをしていたのを見た記憶はない。
妖怪の住む百鬼夜荘という場に相応しいのか相応しくないのかよくわからないイベントだ。
それに対してひみかが口を開いた。「今日はお友達を呼んでいてね。お泊り女子会の真っ最中なんだよ」
お友達とは当のひみかに未だしがみついている女子の事らしい。
「む、向井あさかといいます」
そこで漸く自己紹介がある。その名前に聞き覚えがあった。
「ひょっとして、向井建設ご令嬢の? 」
「ご令嬢という程ではないですけど。向井建設は父の会社です」
「そうですか。それはそれは、初めまして。鎌池修二といいます」
向井建設というのはこの町のみならず県内でも有数の建築会社だ。その社長ともなれば相当の資産家だろう。
(これは良い金ずるになるかもれん。運が向いてきたな)そんな思惑を知ってか知らずか彼の妹、美奈穂が言った。
「あまり紹介したくないですけれど、一応身内なのは事実だから仕方ありませんわね。紹介しますわ。私の兄です」
修二の妹の美奈穂は別に育ちがいいわけでもお嬢様でもない。そもそもは女ガキ大将という体のお転婆娘だったが、訳あって少し前『お嬢様キャラ』にキャラ変した。それが身についているかどうかは知らないが、実際のお嬢様とは着実に人脈を築きつつあるようだ。
隣にいる真奈美とも親しいのだが、彼女の父親もさる化け狸一族の親玉。人間界にも力をもっていて資産も相当なものらしい。
(元々反りが合わない奴だが、金持ちと人脈ができるのはありがたい。せいぜい利用させてもらうぜ。妹よ)そんな彼の胸の内を知る由もなくあさかは申し訳なさそうな顔を見せる。
「そうでしたか、あの、私が怖い話に興味があってお願いしたんです。こちらにお住まいなんですよね。お部屋暗くさせちゃってすみません」
百鬼夜荘の各部屋の間取りは玄関入って廊下左手に二つ扉があり、各々メアリー母親ジェシカの部屋だ。そこから先の部屋はリビングを通らないと抜けられない。それを彼女も知っていたらしい。
「いやいや、別に全然かまいませんよ。お気になさらず」
未来の金づるになるかもしれない相手ということで修二は精一杯愛想をふりまく。
そのやり取りの中でも未だ部屋はロウソクのみだった。メアリーがそれに気づくと、
「ま、とりあえず一度電気をつけようか。時間も時間だ、今日はお開きにしよう。あゆみ、電気つけとくれ」
「はーい」
言って、あゆみは電気のスイッチの所まで行く。
「パチン」それまでロウソクの灯りのみで薄暗かった部屋に明かりが灯る。すると、
「あれ? あゆみ。お前なんだよ、恰好」修二が怪訝な顔で言った。
今は春休みの真っ最中。ついこの間中学を卒業したばかりの15歳男子だ。そして同年齢の平均身長をかなり下回っており小学生にも間違われかねないくらいの体躯をしている。その身体に白のワンピースを身に纏っている。知らなければ女の子にしか見えない。
「まあ、ちょっと事情があってね」
「ふむ、あっちの絡みか」
あっちの絡みとは修二があゆみに頼もうとしていた案件にも関わる事だ。
「……まあ、そんなとこ」
が、あゆみはそれ以上詳しくは語らず言葉少なに言葉をかえすだけだった。
「なら寧ろ好都合かもな。ちょいと今から俺の部屋来てくれないかい。話したい事があってさ」
「なに?お金ならもう貸さないよ」
あゆみは口をとがらせて修二に向かって言う。
「そんなこと頼む訳ないだろう。子供相手に金の無心をするほどもう落ちぶれてないよ」
修二はそれに対して憮然とした様で返すが、
「何調子いい事いってんの。あんた前、この子に借りてたでしょうが。そもそもアタシが貸した分も返ってきてないわよ」
そこへあきなが語気を荒くして口を挟んできた。
「それに関しては心配ご無用。お金に関しては安心してくれよ。返す当てができたんだ」
「どうせ康太お兄様から借りて返すとかじゃないんですの? 」
更に妹の美奈穂が口を出してきた。
(ち、余計なことを……)想いながらも彼はとぼけた様な口調で言う。
「兄貴に出してもらうわけじゃないさ。本当だよ。聞いてもらったっていい。ちゃんとした労働の対価なんだって。とにかく、あゆみ。俺の部屋へきてくれよ」
言って修二はあゆみの手を強引ンに引っぱった。
「ちょ、ちょっと。引っ張らないでよ。わ、分かったよ。いくってば」
対してあゆみは、着なれていないのかワンピースのすそを引きずるようにしながら後に続くしかなった。
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