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何不自由ない生活から一転、空腹も眠気も感じない、自分の異変に恐怖する日々。
あたし、何も悪くないのに。
……本当に?
静かな瓶の中、自問自答を繰り返す。
ある夜。
物音に顔を上げると、地下室に近づく明かりがあった。
「この下か?」
「ああ。魔力が集められている」
懐かしい人間の言葉。
私は立ち上がり、声を張り上げた。
「助けて!」
だがすぐ口をおさえた。また自分だけ助かろうとした。嫌な予感が暗雲のごとく立ち込める。
しかし既に、武装した集団が現れた後だった。
「女の子だ!」
「今助ける!」
彼らは扉に体当たりし始めた。力強い音が嫌な予感を吹き飛ばしていく。
――助かるかもしれない。
「天井の魔法陣が怪しいな」
「グレイ、壊せるか」
「やってみる」
騒動の中、少年の声が聞こえた。
扉が壊される。男が足を踏み入れたその時。
ずしん、と地鳴りがした。
全員の動きが止まる。
男の背後に、狼の顔の彫像が立っていた。巨大な石のハンマーを振り下ろす。
「うぁっ」
みしみしと、体を押し潰す音が響く。
悲鳴があがった。ランタンが転がる。助けようとする者、逃げようとする者。階段の上から魔族の雄叫びが聞こえた。戦闘が始まる中、ついに彫像の下で男は動かなくなった。
「お父さん!」
少年が地下室に入ってきた。血だまりで転んだ彼に、追いかけてきた魔族が斬りかかった。
「逃げて!」
私は魔族に向かって手を伸ばす。
なけなしの魔力を込めた小さな火が、魔族の手を焼いた。
記憶はここまで。
少年が助かったかどうかはわからない。
視界が暗くなり気を失う直前、剣が落ちた音がかすかに聞こえた。
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