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数分後───
虎太郎が台所に立っている間、丑蜜はその背中を眺めながら居間に座していた。
通された部屋は玄関から入ってすぐ右の部屋で、奥の台所と続き間になっている。
門先から庭を見てもわかる通り、廊下や室内に至るまで塵一つなく掃除が行き届いていたが、廊下の片側、床と壁の際に白っぽいテープが張り巡らされていたのと、案内された畳の上に鈴の入った小さな藤の玉が一つ二つ、無造作に転がっているのが目に留まった。
壁際には年代を感じさせる大小の茶箪笥が並び、小さい方の台上には写真立てが置いてある。
許可を得た後、側に寄って見ると、それはスタジオで撮った記念撮影らしきもので、写っているのはスーツ姿の若い男女と椅子に座る着物姿の年配の男女、老紳士の膝上には乳児が抱かれていた。
想像するに乳児は幼い頃の梅音 虎太郎であろうと思われ、本人含め全員が笑顔だった。
勧められた座布団に座れば、テーブルの下は足を降ろせるタイプの掘りごたつであることに気づく。
台板の表面には細かな傷が無数にあり、長年の摩耗による独特のツヤを放ちつつ角は丸くなっていた。
襖横の柱には縦に長い古時計があるのみ。
静かな空間では最初、時計の針が時を刻む音だけが耳立っていたが、しばらくすると調理器具を動かしたり水を流す音がし、それと共に微かな動物の鳴き声も聞こえてきた。
ふわりとした感触にふと膝上を見れば、どこから現れたのか、丑蜜の掌より少し大きいくらいの白と茶の模様を抱いた仔猫が乗っている。
「猫を飼っているのか」
目を見開いた丑蜜が仔猫を抱き上げると白地に丸い茶斑点のあるそれは再び小さくニャーと鳴き、眩しそうに目を閉じた。
どうやら畳の上にあった鈴の玉は仔猫の遊び道具であったようだ。
「ゴミ置き場でカラスに突かれてるところを助けたんです。
他にも二匹いたんですけど、無事だったのはこの子だけで」
緑茶を運んできた虎太郎が少し悲しそうに、次いで目を細め仔猫を見遣った。
『名前は?』と訊くと恥ずかしそうに『みたらしです』と答え、その後はっとして茶を差し出す手を止めた。
「うっかりしてましたが、丑蜜さん、猫アレルギーはないですか?
、、、苦手ではなさそうですけど」
「猫は好きな方だよ。
有難いことに動物食物問わずアレルギーとも無縁だ。
なるほど『みたらし』か。
色合い的にはマッチしているな」
丑蜜が笑いかけると虎太郎はホッとしたように頬を緩めた。
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