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「うめね君も」
猫を膝に降ろした丑蜜はタイを緩めると背後に手を着き、再び笑った。
「え」
「ここを顰めてるより、そうやってはにかむ方が遥かに合ってると思う。
綺麗な顔にはな」
言って人差し指で眉間を指した後すぐにまた後ろに手を戻し、顔を顰めて見せた。
丑蜜以外の人間が発すれば確実に羞恥認定される言動だろうが、放った本人はその後、膝から降りて鈴玉に戯れつく猫を満足そうに目で追い続けている。
綺麗な顔、つまり美貌というならば、それはむしろ顔の骨格が顕著に、しかも左右均等に美しく保たれている丑蜜の方にあると虎太郎は思った。
加え、喉仏を震わす低い声と落ち着いた口調、ダークカラーのスーツに包まれた身体は自分とは造りからして違うのだと一見してわかる。
座る直前に『失礼』と言って上着を脱ぎ、ハンガーにかける為受け取った虎太郎に『ありがとう』と礼の言葉を添えて手渡す。
つい数分前の事を思い返せば、そんな仕草にさえ知性を感じると認識できるほどだった。
丑蜜がたとえ歯に衣を着せぬ物言いをし、威圧的な表情を孕んだとしても、そこには微塵の嘘も、また世辞も交ざりはしないだろう。
気を許した訳では無かった。
けれど、柔らかな瞳で仔猫を見つめる男に過剰な警戒心は必要ないとも思える。
「座ってるのも何だな。
何か手伝おうか」
丸盆を胸に抱え、凛々しくも涼し気な顔をぼんやり見ていた虎太郎は、丑蜜から声をかけられ、その視線から逃れるようにして立ち上がった。
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