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「これが僕にはできなくて」
「俺も初めてだけどな。
『鯉こく』の時は?」
「今夜の分は祖父が締めた最後の冷凍鯉でしたから」
なるほどと頷いた丑蜜はランタンを脇に置くと、
「叩くぞ」
と言ってから迷うことなく虎太郎が目線で示した辺りを出刃包丁の嶺で打ち付けた。
手加減無しの一撃に活魚はピタリと動きを止める。
「すごい、一発で決めるなんてすごいです」
素直な感動を口にした虎太郎に丑蜜は声なく笑った。
その後は虎太郎が引き取り、慣れた手付きで尾から腹を裂き、内臓を取出すと頭、骨、皮とを順に離してゆく。
ランタンの灯りのみで、しかも
ものの数分でフィレまでにした虎太郎を丑蜜は驚きの目で眺めていた。
「凄いのは君だよ、うめね君」
───
家に戻った丑蜜が洗面所で手を洗い、再び居間に座る頃には『鯉こく』と『洗い』の両方を食卓に並べることができた。
味噌で二日間、骨ごと飴色に炊き上げた『鯉こく』は切り身を縦にして大皿の中心に寄せた。
その横に冷水で締め、羽のように薄く切った『洗い』を長方形の平皿に盛り付けて置く。
─ 鯉ばかりでは飽きるかも知れないな
と、冷蔵庫にあった野菜を見繕い急いで天ぷらにして運んだ。
天つゆを作っている暇はなかったので、天ぷらの横には醗酵させた塩レモンを添えておいた。
─ 今夜みたいなメニューだと日本酒が合うんだけどな
そう思いつつも、さすがに自分から丑蜜に酒を勧めるのは憚られた。
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