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「そういえば一昨日の夜、梅音邸に行かれたんですよね?
もしかして梅音さん、猫飼ってるんですか?」
このところの丑蜜には時折『心ここにあらず』といった様子が見受けられ、今回のように仕事以外の話を竹内だけにはするようになった。
それは間違いなく梅音邸に同行した日を境にしている。
「、、、いや」
山を押し買いしようとしている相手は男の竹内ですら、はっとするような美貌の持ち主であったが、まさか丑蜜に限っては、うっかり惚れるようなことなどないと思っていた。
しかしどうだろう。
確かに竹内は『狙う方向を間違えるな』とは言った。
が、自社の利益を追い求めるあまり、人との愛を知らずに生きてきた上司をここまで変化させたのならば、今後、
梅音と山とは切り離して考えても良いのではないか。
歯切れの悪い丑蜜が自身の変化に気がついていないとすれば、ここは部下、いや幸せな家族を得た一人の男として助言すべきではないのだろうか。
「丑蜜さんは正直な方なので僕にはすぐ分かりますよ。
初めて会ったあの日から、実は梅音さんの事で頭がいっぱいでしょう」
「なんだ、急に」
「秘密が気になるとかどうのとか仰ってますけどね、それは建前であって、
真実は『一目惚れ』だとか『恋に落ちた』とかっていうものだと思いますよ」
この台詞に本気で驚いている丑蜜が小気味よく、竹内は満面の笑顔を浮かべ総務部のあるフロア階のボタンを押した。
「当分出番がなさそうなので、お預けした三億は一旦戻して下さい。
それと、、、」
エレベーターが停止し、扉が開いたところで竹内は一人降り、振り返った。
「特殊なフーディングが何なのか、本人から直接教えて貰える努力をしましょうね」
「おい竹内」
閉まってゆく扉の向こうで頭を下げた後、竹内は口元に手を添えて囁いた。
「応援してますから」
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