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「ただいま」
何とか濡らさずに済んだ段ボールを玄関に置くなり、奥から鳴き声が聞こえてくる。
秋もまだ入口とはいえ、濡れれば寒い。
出掛けにシューズボックスの上に用意しておいたタオルで急いで頭と身体を拭き、リュックから中身を取り出した。
その間にも食事の間隔がまだ短い みたらしが待ちあぐねて鳴き続けている。
「ごめんごめん、今やるから」
台所に駆け込んで手を洗い、キトン用のドライフードを携帯用ボトルに入れてあった湯でふやかしている間に乾いたシャツとパンツに着替える。
柔らかくなった頃合いを見て皿に入れるが、みたらしは食べない。
食べないのに、必死に足元に絡みついてきてはよじ登ろうと爪をたて、高い声で鳴くのだ。
「いい加減一人で食べなくちゃいけないんだぞ。
ほら、指につけてやるから練習してごらん」
フードを少し取って人差し指に乗せて差し出してはみるが、みたらしは匂いを嗅ぐだけで鳴き続けるばかりだ。
「もう、、、」
誰も居はしないのだが、何となく台所の隅に身を寄せて座り、シャツの前を開く。
みたらしを抱いて胸に寄せると、寒くて萎縮した乳首を鼻先で探した仔猫が勢い良くむしゃぶりついてきた。
すぐに舌と上顎で乳首を吸い出し、同時に前足が当たるところを押し込む、通称ふみふみが始まる。
暗い夕暮れ時の台所には仔猫が一人前に鳴らす喉のゴロゴロ音と、乳首に吸い付いているチッチッという微かな音とがいやに大きく響いた。
拾ってきた時に猫用のミルクが上手く飲めず、あれこれ試しているうちに疲れに疲れ果てて横になってしまったのがいけなかった。
少し居眠りしている間に みたらしがシャツの襟元を分け入ってきて乳首を吸い出したのが癖の始まりだった。
その時は必死だったから、とにかく栄養を摂ってくれればと、試しに哺乳瓶から乳首と口元の隙間にミルクを垂らしたところ、それこそ喉を鳴らす勢いで飲み始めたのだ。
すでに歯が生え始めていたのだから、動物病院の指示通りキトン用のフードを柔らかくし、皿から与えれば良かったのだが、自分もこうして亡き母親から母乳を与えられて育ったのかと思うと、なかなか引き剥がすこともできず、ミルクを脱した今でもこれをしたあとで皿からドライフードを食べるという、みたらしにとっては半ば食事前の儀式みたいなものになってしまっていた。
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