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擦りガラスの向こうから、みたらしの鳴く声が聞こえる。
「今日は留守番させたから、いっぱい遊んでやらなくちゃな」
虎太郎はシャワーだけで頭と身体を洗い、風呂を出た。
『うにゃ〜、にゃ〜』
「わかったわかった」
『ぁにゃ〜ん、ぅにゃ〜ん』
「すぐ着替えるから」
『おーい、うめねくーん』
「はいは、、、」
『帰ってるんだろー?』
「、、、い」
「う、め、ね、くーん」
─ この声は、、、
「う、丑蜜さんっ?」
門扉から玄関までは他所の家より距離がある。
にも関わらず家の風呂場まではっきり声が聞こえるってことは、、、
ルームウェアを着けた虎太郎は頭からタオルを被ったまま玄関まで走った。
「なんだ、いるじゃないか」
「、、、」
開いた引き戸の外側には肩を濡らした丑蜜が重ねた箱を抱え、笑顔で立っていた。
「門扉も玄関も開いたままだし、上り口にはリュックとその中身まで放り出してる。
何かあったかと驚いた。
いや、何もないならいいんだが、これじゃ無用心極まりないぞ」
「そ、、、そうだった。
みたらしの鳴き声に追われてつい、、、」
いつだって門扉はしっかりとロックするのに今日は雨の中を両手に荷物で帰って来た。
その上で みたらしの鳴き声に気を取られ、うっかりしてしまったのだ。
とはいえ、、、
勝手に敷地内に入ってきて『無用心極まりない』と注意されるのはどうかと反論したかったが、
「ちょっとそこいいか?
これを下ろしたいんだが」
丑蜜が抱えている段ボールを床に下ろそうとしたため、散らばってるリュックの中身を退かすのが先だった。
「一体何ですか、これは」
虎太郎が訊くと丑蜜は箱の上に手を置いてぽんぽんと叩いた。
「みたらしへのみやげ。
それと、、、こっちはうめね君と俺の。
夕飯まだだろ? 一緒に食べないか」
『みやげ』と言われた段ボールの表示を見ると、海外ブランドの高級猫缶だった。
そして目の前では丑蜜が腕に掛けていた紙袋が揺れている。
「夕飯?」
虎太郎に袋を押し付けた丑蜜は濡れたコートを脱いでシューズボックスの上に置くと、当たり前のように靴を脱いで居間に向かった。
「先日作ってもらった鯉料理の、、、
ま、お礼ってとこだな」
「いや、お礼って、
あれは僕の方がお礼としてしたことですから」
虎太郎は床に散らばった諸々をまとめ、取り敢えず袋を持って丑蜜を追いかけた。
『お上がり下さい』なんて言ってない。
「理由は何でもいい。
とにかく うめね君の為に買ってきたんだ、食べてくれなければ意味がない」
勝手知ったる何とかで、丑蜜は自ら上着をハンガーに掛けている。
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