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「丑蜜さん、話があるので座って下さい」
意を決した虎太郎は堀こたつを前に正座し、みたらしを抱く丑蜜を見上げた。
もやもやした気持ちを抱えたままで関わり続けるのは居心地悪い。
自分に親切を施してくれ、且つ、みたらしを可愛いがってくれる相手に警戒や猜疑の心を持ち続けるのは嫌だった。
「ちょうど良かった。
俺も うめね君に話がある。
営業戦略としては食事中にしたいところだが、そういったやり方を君にするのはどうにも落ち着かないからな」
『戦略』という言葉を聞いた途端、虎太郎は息を飲み、僅かながらがっかりした。
やはり親切と高価な付け届けは『山を売らなければ』という自然な流れを作る為の丑蜜の策だったのだ。
思えば何もかもが隙だらけで甘かった。
始めから毅然とした態度で無視し続けるべきだった。
虎太郎は唇を噛み締めた後、溜めた息を吐いて静かに口を開いた。
「僕は再三山は売らないと言って来ました。
でもたった今気持ちが変わりました。
リオントラストさんにうちの山を売ります」
「いや、うめね君」
「疲れるんです、親切な丑蜜さんの人柄を疑う自分に。
もちろん、いろいろして下さったのは目的があっての事だと始めからわかってたんですが、丑蜜さんのやり方は あまりにも芝居がかってなくて。
、、、営業戦略というなら完璧だと思います。
このまま親しくなっていけば、いずれ山は売ることになったと思いますから。
でも、考えてみれば僕には丑蜜さんに振り回されている暇などなかった。
なので山は売りますからお金を積んで下さい、できるだけ高値で。
そして売却後は一切僕に関わらないと約束して下さい」
やはり丑蜜と秘密を共有することはできない。
これ以上詮索される前に、いや、自分が丑蜜からされる親切に対し、お花畑のような期待をしてしまう前に、山ごと切り離してしまうべきだと虎太郎は思った。
「俺の話を先に聞いてくれないか」
「貴方はリオントラストの他の方々とは少し違う。
僕の性格を読み、生活に踏み込んだあと親しみを持たせて目的を果たす狡猾な人だ。
僕も僕で厚かましく芝居に付き合わせたり借金したり、その挙げ句つかなくていい嘘をついたりしました。
けどそれは、、、」
「うめね君の秘密が知りたい」
丑蜜は座するよりも早く口を切った。
その後スラックスを少し上げて胡座を組むと、上司が部下を諭すようにテーブルの上で手を合わせた。
「俺が思うことと山を買う云々を分けて考えてくれないか。
先ず、リオントラストとしての立場で言えば当然梅音家の持つ山を買い入れしたいところだ。
金額で解決できる話ならば役員の采配で買値を吊り上げることもできるし、法律に触れるぎりぎりのラインまで君を脅し、押し買いすることもできる。
ここまでが社としての君への戦略であり、他に妥協案はない」
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