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長い沈黙があった。
「それで」
一旦言葉を溜めた丑蜜は意味なく袖を捲り、その後両手で顔を覆った。
「困ったな。
男女問わず口説くのは初めてなんだが、こんなに照れるものだとは。
しかし言うべきことは言っておこう。
、、、今後は、、、
今後はうめね君からの好意を得るべく、
『この身を砕いても』の覚悟を以て邁進する所存だ」
告白の予感などなく、構えもしてなかった虎太郎が辛うじて気まずくならなかったのは、それまで堂々としていた丑蜜が、言われた側以上に動揺していること、その膝に絡みついて離れない みたらしの鳴き声が一層甲高くなったからだった。
─ なんて人だ。
こんな場面を作り出した張本人のくせに、『照れる』と言ったその姿はクラシカル映画のワンシーンを刻む、あたかも名俳優のようで ─
「丑蜜さん」
声をかけると、ほのかに赤らんだ丑蜜の顔が開かれた。
誰に対しても躊躇しないはずの男は、驚く虎太郎を見たあとに瞳を泳がせている。
その様子にも安心した。
「念のため言っておきますが僕は男です」
虎太郎からの返しは丑蜜の肩に入った力を解いたらしく、一瞬目を瞬かせた後、可笑しそうに笑いながら、ゆっくりと左右に顔を振った。
「わかっているさ」
その言葉に虎太郎も安堵し、頭に乗せたタオルで垂れる滴を拭った。
「僕はてっきり今夜こそ猫缶と寿司と
これまでの諸々と引き換えに山を売れ、って迫られるんだと思いました」
「それなんだが、山を売る売らないの話は今後竹内以下専門部署の者にしてくれないか。
俺といる時は忘れて欲しい。
うめね君のリラックスした、できれば笑顔だけを見ていたいんだ」
─ こんなの、、、ずるいじゃないか
虎太郎は下を向き膝の上にある拳を握った。
─ この人から出る言葉を疑い、
淫らな感情を持った僕の心の内は汚れているのに
「僕は、、、丑蜜さんが期待してるような人間じゃありません」
「あははははは、、、」
互いの間に残る幾ばくかの緊張を解くように突然丑蜜が声を上げて笑った。
「はははって、あの、、、」
「すまない、それならば尚更気合いを入れないとな。
うめね君をとりまく秘密も然ることながら、俺の知らない君自身を是非とも知りたい」
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