『砦』

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緊張が解けたのか、後ろに下げたシートから ぐらりと揺れた虎太郎(こたろう)の身体を丑蜜(うしみつ)は笑って支え、背中に手をあてて宥めるように上下させた。 「緊張させて悪かったな。 背中からでも心臓が激しく鼓動するのがわかる」 「は、はい。 恥ずかしいほどパニックを起こしちゃいました、、、。 横に教官がいたので怖さはありませんでしたけど」 さっさと車から降りなければ、という思いは強くあったが、丑蜜から漂う香りに浸っていたい気持ちも実は同じほどあった。 ふっと顔を見合わせると、丑蜜は身を捻って虎太郎の肩と腕を掴み、しかし息を飲むと、 「すまない、、、」 言ってすぐに手を解き、助手席のドアを開けた。 それが何を指しての詫びなのか、虎太郎には何となく分かった。 ─ 丑蜜さんはいま、僕にキスしようとして思い(とど)まった。 でももし、もしも彼がそのまま唇を合わせてきたら? 僕はそれを受けたのだろうか ── 虎太郎は小さく首を振ってシートベルトを外した。 「家に戻りましょう、みたらしを放ったらかしたまま、、、」 「うめね君、外が真っ暗だ」 周囲の異変に先に気づいた丑蜜が車を降り、続いて車外に出た虎太郎もその違和感にハッとする。 「停電、、、」 門前にいたパトカーの赤色灯とライトの灯りはそれまで庭内に届いていたが、停電による新たな通報を受けたらしく、すぐにサイレンを鳴らしながら去ってしまった。
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