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丑蜜は改めて梅音邸の全貌に視線を馳せた。
見事なまでの門被りの松。
その根元に庭師型の名入り剪定鋏が立て掛けてあるあたり、家主本人が手入れをしていると思えるが、こと松に関しては専門知識がなければ管理できるものではない。
現在のところ家人は梅音一人である。
ということは、
『この青年はそれなりの知識と技術を持っているということか ── 』と、丑蜜は感心した。
等間隔に植え込まれた樹木は見える限りで言えば低木は柊木、高木は銀杏に枇杷。
古くからある日本の習慣では枇杷など家屋の東や南方角には植えない。
それは『病人が出る』というありきたりな迷信ではなく、家を覆うほどの樹勢で陽当りを遮るからという尤もな理由からだ。
───
「忙しいのでこれで失礼します」
外した軍手で服の塵を払いながら身体の向きを変える虎太郎、丑蜜はその足元に視線を戻した。
「珍しい植物だな」
素気ない梅音の対応を受け流し、門扉の内側に置かれている白い睡蓮鉢へ目を留めると、徐ろに片方の膝を着く。
そこには赤と緑の色が入り混じった、壺のような葉を幾つか広げて口を開く植物が3株ほどあり、腰水に浸かりながら元気に上を向いている。
「アメリカの湿地に群生するサラセニアだ。
ウツボカズラに属する食虫植物だよな?」
丑蜜が同意を得るように顔を上げると、梅音は睡蓮鉢を隠すようにして、さり気なく前に出た。
「丑蜜さん、友達じゃないんですから
敬語、敬語を使って下さい」
慌てて丑蜜の耳元に囁くも、竹内は
門前で片膝を着く上司の姿に大袈裟でなく動揺するほど驚いていた。
仕事以外の会話を振っているのも初めて見る。
「こ、ここは虫が多いので。
、、、と言ってもこれだけでは効果ないですけど、その、、、。
、、、可愛いから」
梅音は警戒する表情は崩さないながらも竹内と同じく驚きを隠さず、馴れ馴れしい丑蜜の態度を気にする余裕はなくしてしまった様子だった。
「俺も好きなんだサラセニアは。
その中でも特にこのプルプレアという品種がね。
確か食虫の他にも興味深い特徴があったはずだが、、、。忘れてしまったな」
くすりと笑って見せれば、愛想のなかった梅音の瞳が戸惑いながらもふと揺れる。
その時、
「梅音くん」
丑蜜と竹内の背後に一台の車が停まり、助手席から中年の女性が声をかけてきた。
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