『砦』

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この夜の停電はなかなか復旧しなかったが、その不便によって丑蜜(うしみつ)は梅音家の壁に貼り巡らされたテープの意味を知ることができた。 「蛍光テープだったのか」 床からほんの少し上に貼られている幅3センチほどのそれは、丑蜜の見る限り廊下と部屋の全てを網羅しており、他人の家でありながら問題なく移動できるほど目に明るい。 加え、毎日勝手口で充電していると言って取り上げた、いくつものソーラーランタンを虎太郎は順に台所と居間の天井から下がる細いワイヤーに掛け、更に食事をしていた居間のテーブル、隣部屋へと続く襖の前に置いて、その後急いで庭に面した雨戸を引くと、ぴったりと閉めてカーテンも合せた。 夜なのだから雨戸を閉めるのは当たり前の行為なのだが、慎重に慎重を期している様子に丑蜜は僅かな違和感を覚える。 虎太郎は縁側でほんの数秒間動きを止めてから、くるりと振り返り丑蜜を伺うように見上げた。 「ランタン、まだありますけど、どうですか? もう少し明るくしますか?」 「いや十分だよ。しかし、、、。 随分と用意周到だな」 まるで今夜の停電を予期していたかのような準備の良さも興味を(そそ)る。 「もしかして うめね君、君は停電を予期できる能力があるのか?」 虎太郎は 物憂げな表情で みたらしを抱き上げると背後に立つ丑蜜へと振り返った。 「丑蜜さん、僕の秘密が知りたいと言ってましたよね? そして僕は食事の後、貴方に見せたいものがあると」 「、、、ああ」 「今からそれを見せたいと思います。 ですが、その前に約束して欲しいんです。誰にも口外しない、と」 虎太郎から差し出された秘密の共有は、それだけで丑蜜の気持ちを過去にないほど高揚させた。 「誰にも、、、か」 「誰にも、です」 「わかった、約束しよう」 そして、 少しはにかみ、大切に育てている みたらしをそっと自分に託す梅音を見ていると、その行為に痺れ、溢れ湧く愛情を覚えてしまう自分も不思議だった。
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