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隣室に行き、すぐに戻って来た虎太郎は丑蜜と並ぶようにして座り、掘りごたつのテーブルの上に手にしていた分厚い綴り紙を置いた。
「これは僕の祖父、曾祖父、それ以前の代より伝えられてきた日本における自然災害の記録です。
祖父と父は地質学者でしたが、天文学などにも精通してました。
観測の範囲は国内に留まらず、世界の隅々で起こる各プレートの活動や太陽活動を大学の研究室で日々観測していたんです。
そして地球を覆う岩盤の動きと太陽の磁気活動は現時点で分かってる以上に密接に関連していて、世界各地で起こる地震、火山噴火、マウンダー極小期などの到来を高い確率で予測出来る法則を突き止めたんです」
いま虎太郎が持ってきた記録には丑蜜とて完璧には理解し難い緻密なグラフと地形図などがぎっしりと書き込まれていた。
5センチはあろうかと思われる厚みをもった綴りは、膨大な記録のうち直近の、しかもほんの一部だという。
「法則の発見?
それは凄いことじゃないか。
だとしても、世に出ていないだろ?
地震や噴火の完全予測は不可能というのが未だ定説のはずだ」
「世に出ていないのではなく、出しても潰されてきたのだそうです。
父や祖父の提出した論文や研究発表は世界経済に大きく影響を与えてしまう。
それにあくまでも『高い確率』ですから僅かな想定外はありますし、地震や噴火の予測が外れた場合、災害が起こるとされた特定地域の経済活動停止による損失は計り知れません」
「しかし本当に災害が起こればそれによる経済損失の方が甚大で失われる人命も少なくはない。
しかもこれまでの予測はほぼ現実化してきてるんだよな?」
「その通りです。
だからこそ伏せられてしまった、というのもあります。
ですが最終的に周知を阻む壁となったのは政府の面子ではなく、自社利益を優先させる企業、それよりも厄介な人々の正常性バイアスだったそうです」
「正常性バイアス?」
「僕がリオントラストさんに梅音家の山を売らなかった理由として、
『あの山が近く噴火するから』
と言ったら信じますか?」
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