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週明け、
竹内は丑蜜の仕事が一段落つく頃を見計らい、役員室へ向かった。
目的は土地確保に関する進捗を伺う為だったのだが、迂闊にも『どうでしたか』とだけ訊いた竹内に対し、丑蜜は
その目元に艶を纏い、口の端を上げた。
「無事告白したぞ。
向こうの反応はどうであれ、言うだけは言った。後は邁進するのみだ」
竹内は『ああ、そっちか』と合点しながらも、主語を明確にしなかった自身の反省を踏まえ、敢えて訂正せず笑みを以て頷いた。
「でしたらば何よりです」
「寿司でも一緒に食べるかと折にして持っていったら、梅音家貯蔵の珍味と酒を勧められたよ。
それで不覚にも興奮したんだろうな、自分が車だったことを忘れて、うっかり飲んでしまった。
結果、うめね君に路上からガレージまで移動してもらうことになったんだが」
「酒を勧められたんですか」
これは予想以上の進歩だと竹内は安堵した。
営業畑に於いて数々の伝説を成してきた丑蜜だけに、順調に行けばリオントラスト所望のリゾート地を手に入れる日は近いと確信したのだ。
「運転席で見慣れない計器に戸惑い慌てる様が妙に愛くるしく思えたんだ。
、、、というのも彼、普段はあまり表情を出さないタイプだろ?」
「そう、、、? でしたかね」
竹内にしてみれば、丑蜜こそが無表情且つ無口なタイプであったのに、梅音の話をし始めた途端、饒舌になり、一際表情も柔らかくなっていると思えた。
「初めてだよ、必死の形相でハンドルを握りペラペラ喋る人間を延々見ていたいと思ったのは」
「でしたら丑蜜さん、そのまま押し買いに進めませんかね?
山さえ手に入ったら、この竹内、我が社の役員が地主に手を付けかけてることは知らなかったことにしておきますから」
「悪いがもう少し語っていいか?」
「あの、山の話を、、」
「うめね君てのは実に可愛い子だ。
何が可愛いかって?
彼の指を差す仕草だ。これが独特も独特。
見てくれ、こんな風に人差し指を二度ほど上下させて、、、」
丑蜜は満面の笑みを作り、竹内の前に出した人差し指を2回上下させた。
「ヘッドライトが点かないとか、これは何の表示だとか、運転席のパネルを一々指し示すんだ」
「なる、、、ほど」
「な、たまらないだろ?」
「ええ、、、まあ」
竹内からすれば、たまらないのは、真剣な面持ちで状況説明をしつつ、惚気けている丑蜜の有様だった。
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