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「話を続けるぞ。
車から降りた直後に停電が起き、周囲は突然真っ暗闇になった。
そこで俺は当然彼の手を取るよな?」
「知りませんけど」
「拒まれるのは覚悟の上だった。
しかしだ、なんと汗ばんだ小さな手はこの手をしっかりと握り返して来た。
驚きだと思わないか?」
「はぁ」
「でだ、その手に庇護欲を掻き立てられた俺は理性との戦い。
勝算のない戦いに突入だ、竹内」
「一応確認しときますけど。
ヘンなこと、しなかったでしょうね?」
丑蜜の感情抜きにすれば、梅音は未だリオントラスト垂涎の押し買い相手であり、セクハラで訴えられでもしたら大事である。
「変なことだと?
全く、、、聞いて呆れるな、竹内。
お前には品格ってもんがないのか?
俺が手を繋いだ相手は満天の星空を仰ぐ うめね君だぞ?
彼の芸術的横顔に失礼だろ」
「だって丑蜜さん、いま理性との戦いが うんたらかんたら言っ、、、」
「なあ竹内、
お前、俺がうめね君にどれだけ惚れてるか分かってるのか?」
従順な部下もこの言葉には黙っていられなかった。
「なに壊れたこと言ってるんですか。
分かってるも何も、この僕が指摘して、ようやく自覚したんじゃないですか。
ましてや今の丑蜜さんを見れば、どれだけ惚れ落ちてるかなんて目に明らかですよ」
「そうだ、それだけに俺は困っているんだよ、竹内」
「わかりますよ、私情を挟むとなると、そりゃぁ仕事に影響しますもんね」
「違う。
好き過ぎて苦しいということだ。
32年生きてきた中で、今最も苦しい」
竹内は突然はっとし、その後僅かに落胆した。
懐柔作戦に落ちたのは、梅音青年の方ではなく、つい半月ほど前まで開発部全員をレイオフすると豪語していた自身の上司だったのだ。
「骨抜き、ゾッコン、盲目ベタ惚れ。
腑抜けになるのも時間の問題だ、こりゃ」
竹内は呟きを装い、しかしはっきりと聞こえるよう言って天を仰いだ。
「何か言ったか?」
「『ミイラ取りがミイラになる』を
まんま地で行きそうだと言ってるんです」
仕事が終われば上司も何もない。
そう割り切らなければ、聞いていられなかった。
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