『砦』

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『あの子じゃない? あなたがお人好しで便利だけど、少し変わってるって言ってた子。 ほら、顔を合わせる度に備蓄を勧めて来るって』 『そうなのよ。 でも最近は言わなくなったわね。 彼自身がお祖父様の趣味に影響されてたんじゃないかしら ──』 (ひそ)やかにもはっきりした会話が聞こえて来る。 佐々木夫人始め、町内、バイト先の人たちと知り合った当初、虎太郎は父と祖父が発見した太陽と地殻の法則を広めねばと、ことあるごとに近く起こる自然災害を勧告し備蓄を勧めていた。 結果はほぼ全員が全く興味を持たず、中には『来もしない災害を予言して不安を煽るのはやめろ』と怒り出した住人が、責のない町会長にクレームを入れる顛末まであった。 祖父の種吉は『いつの時代も同じ』と笑ったが、同時に『そういう輩に限って、いざというときには「自分だけ助かれば良いのか」などと言って物をたかりにやって来る。 故に私が死んだ後は誰にも備蓄をしていることを言ってはいけないよ』と諭してくれていた。 だから虎太郎は祖父の死を境にして、近く起こる大規模な電磁障害や、噴火に関すること、自身が備蓄していることなどを口にするのは止めた。 自分は必ず来る大惨事を信じており、また確信も持っているから何を言われても平気だった。 けれど亡くなった父や祖父の研究と発見、何より命に関わる備蓄の必要性を『趣味』で片付けられていたのを聞くにつれ悔しさが込み上げた。 「急ごう」 遠ざかる会話に耳をそばだてながら呟き、虎太郎は家路に向く足を一層速めた。
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