177人が本棚に入れています
本棚に追加
/241ページ
───
「竹内、帰るぞ」
梅音が消えてしまうと丑蜜はあっさり踵を返し、車に向かった。
「は、はい」
無人の庭に頭を下げ、広く逞しい背を追いながら竹内は眉に深い溝を作った。
「いくら年下とはいえ相手は客ですよ?
もう少し謙虚に接せられないものですかね」
「客なものか」
竹内が後部座席のドアに手を掛けるのを制した丑蜜は、自ら颯爽と乗り込み、そして閉めた。
竹内は聞こえるか聞こえないかの声量で『全く、、、』と呟いたが、初めは脅しも辞さない勢いだった丑蜜の、策とはいえ膝を着くほどの変わり様を小気味良く思い、またそれに対し、負け知らずの上司に梅音が、懐柔されるどころか一蹴で返したことを何故か褒め称えたい心持ちだった。
紳士的路線で攻める丑蜜は初めて見たが、そうと決めたからには覆すことはないだろう。
竹内にとって立場を忘れた上司が反社会的行為を行うのではないかと気を揉むことがなくなり、今後梅音を不要に怖がらせずに済むのは殊の外大きな安心だった。
但し、
時折出る皮肉癖と、入社当時から変わらない上から目線の言葉遣いには引き続き注意が必要だが。
───
「気にしてないでしょうが、梅音さんの態度はあれで普通です。
毎回門までは出て来てくれますが『売らない』の一点張りで追い返されてますから」
過去、門前払いを受けた経験など一度たりともない丑蜜を不機嫌にさせるには充分な対応だったと、運転席からバックミラー越しに様子を伺うが、
意外にも本人は口元を緩ませ、窓から川沿いに立つ掲示板の前を過ぎる際などは、『町内中が庭みたいなもんだな』と上目遣いに見つつ目尻に笑いしわを作った。
「なんだか、、、嬉しそうに見えるんですけど?」
意気消沈とまではいわなくとも、せめて不満気な顔くらいは拝めるかと思っていた竹内は拍子抜けした。
最初のコメントを投稿しよう!