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「丑蜜さん、そのままで聞いて欲しいんですけど」
丑蜜がどんな餌やりを想像していたかはわからないが、今は見ずとも容易に知ったことだろう。
考えて見れば、こんな場面に出くわした彼こそ戸惑っているはずなのにと、虎太郎は黙して座る丑蜜に、みたらしが『胸吸い』を始めた経緯を話した。
───
「いかにもうめね君らしい、善い話だ。
ありがとう、これで俺の胸中にある秘密の砦が一つ解かれたよ」
「砦? ですか」
「ははは、、、それはこっちの話だから気にしないでくれ」
言って自身の手持ち無沙汰に気づいた丑蜜は、座っていた場所からすくと立ち上がった。
「俺の見立てだと、みたらしはまだまだ離れそうもないな。
うめね君も腹減ったろ」
入口の向こうにある長盆を取り込み、虎太郎とは互い違いの向きで横並びに詰めた後、『温かいうちに』と呟いた。
腕や肩が触れ合うことに虎太郎の心臓はどきりとしたが、双方が反対側を向きながら並んでいる形なので、丑蜜が下を向かない限り、仔猫が乳首に吸い付いている姿は見えない。
『うめね君らしい』と言ってくれたけれど、こういうところは丑蜜らしい配慮だと虎太郎は思った。
「ほら」
丑蜜は添えられている豆皿に料理を取り、少しだけ身体を倒して虎太郎の口元に運んでやった。
「僕は後からでも。
丑蜜さん、先に食べて下さい」
「みたらしの餌やりは俺では代われないんだろ?
だったらこれくらいさせてくれ」
虎太郎の小さな口が戸惑いつつ開くのを丑蜜は目尻に皺を刻んで見届ける。
「本音を言うと嬉しいです、これは温かい方が断然美味しいので」
「うめね君は何でもできるんだ」
「料理や保存食を作るのが好きで。
あ、丑蜜さんも食べてみて下さい」
頷いた丑蜜は同じ箸で卵の塊を口に入れた後、眉を上げた。
「これは」
「驚きました?
叩いた梅干しが入ってるんです」
「旨い。白米に良く合うじゃないか。
まさかこの梅干しも自分で漬けたとか」
「そうなんです。
添えてあるのは自家製のピクルスです。丑蜜さんは酸っぱいの嫌いですか」
「いや、好き嫌いはないよ。
この、、、なんだ、イタリア料理のフリッタータも、、、」
「キッシュです、モドキですけど」
「キッシュか?
どちらかと言うとフリッタータ寄りだろ」
「キッシュですってば」
「じゃあ『キッタータ梅入り』ってことで落ち着くか」
二人は顔を見合わせて笑った。
結局、虎太郎はみたらしに乳首を咥えられながら最後まで丑蜜の介助で夕飯を食べることになった。
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