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「何しに来た。
社から連絡するまで自宅待機だと言ったろ」
停電があった翌々日の朝、
本社に駆けつけた丑蜜は竹内の顔を見るなり叱りつけた。
24時間を超えた一斉停電は、あらゆる電気、電子機器の稼働を停止させ、人々を一時的なパニックに陥れた。
しかし幸いにも日を跨いだのは一度だけで、翌日の同じ時間には国内全ての電力が概ね復旧し、同日、政府は今回の大規模停電が太陽フレアによる電磁波障害によるものだと正式発表し、
その際、今回の規模を上回るほどの太陽面爆発が今後起きる確率は低いとしながらも、国民に対し地震などの他災害対策をも鑑み、一週間から二週間程度の備蓄を各家庭でするよう推奨した。
上司である丑蜜は自宅待機を口にしたが、街を見ても交通機関は都心部を中心に順次運転を再開し、駅もホームもスーツ姿の通勤客で溢れていたので、竹内は初めて見る社内の閑散とした雰囲気にむしろ驚いた。
「ご心配ありがとうございます。
ですが今朝のニュースで、全ての機能が復旧に向かってると言ってましたので。
それにしても丑蜜さん、太陽フレアはヤバいですね。
停電どころか電磁波による障害でネットは全てアウト。電子マネーも使えませんでしたし、家に着いてもオートロックは機能しないわ、、、懐中電灯さえ点かないんですから。
僕のカミさんは外に出ると頭が痛いって」
「だったら尚更帰れ、お前には子供もいるんだろ」
「いえいえ、もう大丈夫ですよ。
うちはマンションなのでコンクリートが幸いしてか、二人とも家にいる分には何ともありません。
地下鉄も平常通り運行してるんですからすぐ元通りになりますって。
それよりも丑蜜さんのその格好は一体、、、」
竹内は目を瞬かせて丑蜜の胸元辺りを覗き込んだ。
この日、梅音家に滞在していた丑蜜がスーツの下に身に着けていたのは、夏に亡くなった梅音種吉の服だった。
シャツの洗濯が間に合わないからと
押し入れの奥から種吉の服を引っ張り出した虎太郎は、『祖父は若い頃から着道楽の洒落男と呼ばれるほど、モダンで仕立ての良いものを好んでました。
背も高く、骨格もしっかりした人だったので、丑蜜さんなら違和感なく着こなせますよ』と請け合ったのだ。
よって、今丑蜜が着ているのは上質ではあるが、多色糸を綾織にした格子柄の、いかにも古めかしい分厚いシャツなのだった。
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