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既にスマホを操作している丑蜜は目線を落としたまま竹内に訊いた。
「お前、これまでの訪問で何か気になったことはなかったか?」
「気になったこと ── ですか?」
「ああ」
「いえ特には、、、。
丑蜜さんは何か?」
しばらくの間を挟み、丑蜜はジャケットの内ポケットにスマホを収めると僅かに首を振った。
「── いや大したことではないから気にしないでくれ。
ところで梅音家所有の山に提示している買収金額は1億まで稟議が通ってたな?」
「はい、当初は三千万円もあれば即時契約に持ち込めるだろうと思っていましたが、一向に進まない交渉に吊りに吊り上げての1億です。
ま、、、それも梅音さんは未だご存知ありません。
こちら側の一方的な値付けに過ぎませんから」
「では今週中に3億用意しておいてくれ、現金がいい」
丑蜜は自信に満ちた語気で指示し、涼し気な目元を飾るまつ毛を伏せた。
「交渉に漕ぎ着けてもない段階で更なる上積みを?」
「相手は既にそこそこの財産を祖父から相続してるだろうが、山一つ売り渋るくらいだから間違っても億を超えるほどの資産はないはずだ。
早急に調査させ、こっちはそれ以上の札束を目の前に積む。
古い手段だとは思うが素人に対しては視覚に訴えるのが最も早く効果的だろ」
「なるほど」
確かに、と竹内は思った。
これまで再三に渡り訪問してきたが、開発部の面々では社名を告げただけで拒絶されていたものを、初見の丑蜜は横柄でありながらも植物を介した話題で、ほんの僅かにしても梅音の心を開いたような気がする。
途中の邪魔さえ入らなければもう少し会話も進んだだろうし、案外本題に触れられたかも知れない。
「はい、では早急に手配致します」
竹内は再び丑蜜を伺った。
バックミラーに映る横顔から笑みは消えていた。
しかし白柱のような鼻骨、引き締まった口元は自信の象徴にしか見えない。
この男なら3億どころか1億、いや元々の提示額以外で落とす可能性は充分にあり得る。
百戦錬磨で培った契約までのシナリオは、丑蜜の中で既に易々と出来上がっているのだろうと竹内は思った。
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