変な男

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変な男

三日後の午前 ── ゴミ置き場の掃除を済ませた梅音(うめね) 虎太郎(こたろう)は、昨日再び町会長から貼り替えるよう指示された掲示物を持って町の真ん中を流れる川沿いの掲示板までやってきた。 頻繁にやって来るしつこいリゾート開発業者を追い払ったのは つい三日前のことだったが、彼らは何故かタイミング良くバイトのない日にやって来るので、 (もしかしたら仕事へ出た後に来ているのかも知れないが) 今日は掲示物の貼り替えを済ませ次第、出掛けてしまおうと思っていた。 「だいぶ汚れてきたな」 長年住み続けた御陵町(ごりょうまち)の掲示板は、もう何年も梅音しか触っていない。 手が届く範囲で蜘蛛の巣を払い、パネルを開ける。 ── 冬に向け節電にご協力を ── 昨今のエネルギー事情から、市内一帯は夏から似たような内容の掲示物ばかりだ。 「ここの人たちには関係のない話だろうけど、、、」 御陵町には節電だとか電気代だとかを気にする世帯など、梅音の家を除いて恐らく一軒もないだろう。 古くからの住人は少なく、丘陵を切り開いただけの造成地が緑豊かな高級住宅街として売られるようになって数年の間に、都内のタワマンなどから戸建てにシフトした比較的裕福な中年層の人々が移り住んで来ていたからだ。 結婚から子育てを終えるまでマンション暮らしをしてきた世代には町内会という組織にも馴染みがない人が多く、自治に伴う雑務への理解と協力は、説明したところで望めるものではなかった。 会費は払うが、それ以上の関わりを持ちたくない、というのが彼らの本音なのだ。 唯一、近所に昔から祖父と付き合いのあった(ぬし)のような御意見番が長年町内会長を担ってくれていたが、その老夫も土地を売った収入で裕福に暮らしていたし、書類作成や住民同士のトラブルの間に立つのは()わば趣味の範疇でしかなく、身体を動かすような仕事は全て梅音の担当だった。
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