あいつのささくれ

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「なんで毎回来るんだよ…」 「いーじゃん、友達だろ」 「まあ、そうだけど」 「へへへ」 「気持ち悪いな…」 新井は俺が当番で図書館にいるほとんどの間、図書館で時間を潰しているようだった。狭い貸し出しスペースに一緒になって入ってきて余計狭い、暑苦しい、それに、 「これお願いしまーす」 顔を上げると、青い線の入った上履きを履いた女生徒が本をこちらに差し出していた。 「あ、はい、ちょっとお待ちください」 本の情報を読み込むバーコードリーダーを探す。 「新井、ちょっとそれ取って」 「おう」 新井は横にあったバーコードリーダーを俺に渡すと、貸し出しスペースから裏の準備室に入っていってしまった。女生徒が読み取れない表情で新井を目で追う。 「返却期限は二週間後なので、よろしくお願いします」 「あ、はーい…」 女生徒は新井の消えたドアの方を見ながら本を受け取った。 「彼女?」 バーコードリーダーをリプトンのパッケージに当てていた新井の手が止まった。 「んー…」 「あ、いいよ別に言いたくなきゃ」 「いや、こないだ別れた子」 そうか、彼女がいたのか。わりと可愛い子だ、青い上履きだから、同級生か。なんだか胸がちくりと痛むのを感じて、慌てて他のことを考える。そりゃそうだよな、モテるよな、前髪分かれてるもんな。 「なんだよ、俺の髪なんか付いてる?」 「あ、いや、分かれてるなーと」 新井が文字通り吹き出した。ツボに入ったらしく、下を向いて肩を震わせている。あまりにも長く笑うので俺もつられて笑ってしまった。 「それ、戻すからそろそろ返せよ」 「えー、はい」 新井からバーコードリーダーを受け取ろうとして、はっとして左手を引っ込める。 「あ、ごめん」 左手を机の下に隠して、右手を出す。新井は俺の手にバーコードリーダーを渡すと、リプトンに刺したストローを意味なく回した。 「ささくれ?」 はっとして、左手を握る。 「別に隠さなくていいのに」 顔が赤くなってしまう。俺の左手の指先、特に親指はささくれをむしった傷痕でいっぱいになっていた。きっかけは中学時代のいじめだったと思う。湯船でぼーっとするとき、勉強の途中、自分でも気づかないうちにささくれをむしるようになってしまった。こいつには、見られたくなかった。変に思われたくない。 「ほら」 いつもの明るい声がして新井の方を見ると、新井が自分の左手の甲をこちらに向けていた。 「な…結婚会見?」 「ちげーよ、ほら」 新井が手の甲をこちらに近づける。短く切り揃えられた丸い爪、荒れた指先、その横には細かいささくれがいくつもできていた。 「やー俺もさー、ささくれ悩んでんだよね~」 拍子抜けしてしまった。それは俺の悩んでることとは違う。違うのに、なんだ、この気持ちは。 今度は俺が吹き出す番だった。最初は驚いたような表情だった新井もつられたように笑った。訳のわからない気遣いだった。でも今は、こいつなりの優しさがとても、とてもあたたかく感じた。
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