あいつのささくれ

3/4
前へ
/4ページ
次へ
6月になった。今週は当番ではないが、借りた本を返すために図書館に来ていた。他のクラスの当番の人に本を返してから、なんとなく本棚の方に行く。最近は湿気がひどいから、本に虫が付かないだろうか。そんなことを考えながら、いつか読もうと思っていた本を探しに、な行辺りを目で追っていたときの事だった。 「んだよ」 奥の方の本棚のところから、低く小さな声が聞こえた。新井だ、と思ってそちらを覗こうとする。 「だから、なんで返事くれないの」 女の子の声が続いて、俺は動きを止めた。たぶん、あの元カノだ。 「別にいいだろ、別れたんだから」 「よくない、理由聞いてない」 これは聞いたらいけない話だ、ここからどかないとと思いながら、ドアの方まで行くには新井から姿が見える場所を通らなきゃいけない、と頭だけは冷静に回転していた。別にわざと盗み聞きしているわけではないんだから今通ればまだ大丈夫だ、そう考えつつも、足が動かない。 「他に好きな子ができた」 新井の言葉のあと、沈黙が流れた。その場に隠れるようにしゃがんだままの俺の心臓の音だけがその場に響いている気がした。 「…わかった、じゃあ、最後に」 涙声の女の子の言葉のあと、また沈黙。心臓がうるさい。全身の血が、頭に集まるような感覚がした。バタバタと図書館を出ていく足音がして、その場はまた静かになった。 「趣味悪」 本棚に寄っ掛かった新井がこちらを見て笑う。俺はそのときどんな表情をしていたんだろう。新井は少しだけ目を丸くすると、顎で読書スペースを示して「ちょっと話すか」と言った。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加