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ミノル君は『ポチ』のバケツを抱えながら愚痴を零した。
「は? こんなでかいバケツを部屋に入れるのか?」
「うん。この部屋」
ダイニングを示し、それから扉を開けて父と母に言う。
「ただいま!」
「お邪魔します……」
すると父がバケツの中から文句を言い始めた。
「千絵子、遅いぞ! それに、誰だその男は!」
「わたしの愛しのダーリンだよ」
おどけてそう言うと、ミノル君が慌てて口を挟んだ。
「ちょっ、千絵、何言ってんだよ」
「別に良いじゃない、悪いことしてる訳じゃないんだし」
しかし、そんな理屈では父も母も納得しなかった。
「お父さんは認めんぞ!」
「お母さんも反対だわ」
「黙っててくんない? どうせ二人はこれからもバケツの中に閉じこもってるんでしょ? そんな人達に文句は言われたくないなぁ」
「なあ、千絵?」
「お父さんはな、バケツに入りたくて入った訳ではない。千絵子が望んだから、こういうことになったんだろう?」
「そうよ千絵ちゃん。本当はあなたがわたし達をバケツに入れたんじゃない」
「はい? 自分達からバケツに入ったんでしょ!」
「なあ、千絵、落ち着けって……」
「お父さんは反省しているよ。確かにあの頃のお父さんは火山のようだった」
「お母さんも反省しているわ。あなたのことを気にも留めず、灰を撒き散らすように喧嘩ばかりして。辛かったのよね?」
「今更? あのさぁ、謝るの遅いんだよ!」
「なあ、千絵! さっきから誰と話してんだよ!」
ミノル君が叫ぶと同時に父も母も口をつぐんだ。
「え? 誰とって、お父さんとお母さんとだよ。あ、話してなかったね。うちの家族、バケツの中にいるの。こっちの『父』って書いてあるのがお父さんね。こっちの『母』って書いてあるのがお母さん、で……」
わたしが説明をしている最中、ミノル君は唐突に『父』のバケツに近付き、蓋に手を掛けた。それを見てわたしは話を中断し、叫んだ。
「開けちゃだめ!」
しかし彼はその忠告を無視し、バケツの蓋を開けて口元を押さえた。
「こ、これ……」
室内に、死体の腐ったような臭いが立ち込める。
この家には、火山灰が降っていた…………
(了)
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