家族がバケツから出てきません

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「おはよ、千絵」  登校中、同級生のミノル君が声を掛けてきた。 「ネクタイ曲がってるぞ」  そう言って彼はわたしの首筋に触れる。  実にさり気ない。やましいことがないからこそ、そういう振る舞いが出来るのだろうと分析してみる。それに対し、わたしはやましいことを妄想して頭の中でポッなんて擬音を響かせながら頬を赤らめた。 「どした?」 「なんでもない……」  しばし沈黙。  その後ミノル君は、部活がどうの、受験がどうのと、青春真っ盛りな話題を口にし、そして最後に、意外な提案をわたしにしてきた。 「あのさ。次の週末、二人でどっか遊びに行かね?」  ん? 「俺とどっか行くの、やだ?」  嫌ではない。嫌ではないが。 「家を空ける訳にはいかないんだ。ごめんね」  俯きながらそう返答すると、彼は訝しげにわたしの顔を覗き込んだ。 「なあ千絵。最近、悩んでない? 家でなんかあった?」  なんかあったどころの話ではない。家族がバケツから出てこないのだ。  わたしは曖昧に呟いた。 「火山灰がね……」 「は?」 「わたしの家、火山灰が降り積もってるの」 「意味が分かんねえよ」  そりゃそうだ。しかし、我が家の事情を懇切丁寧に説明する義理もない。 「噴火したんだよ、噴火」 「ああ、そういえば半年前に火山が爆発したな。それが?」 「違くて、お父さんが爆発しちゃったんだよね」 「ますます意味が分かんねえ」  眉根を寄せる彼の顔は少し可愛らしく、わたしは小さく鼻で笑い、「そういう訳だから」という言葉だけを残して、校舎に向かって走った。  教室に入ると、いつものように定型通りの挨拶が交わされ、いつものように右から左へと流れる無駄話が始まった。  近頃、学校は消化試合のような雰囲気に包まれている。  やるべきことはあと受験だけ。一部の生徒に至っては既に推薦入試で進学先を決めた人もいる。お陰で先生も含め誰もが惰性で時間を潰していた。  あぁ、何か違うなぁ、と心の内で呟く。わたしだけ就職希望なのだ。  大学に行きたくないという訳ではないけれど、家族があんな状態では進学は難しい。今でこそ父の残した貯金で不自由なく生活をしているが、それもいつまで続けられるか分かったものではない。それこそ家計を支える為、すぐにでも働かなくてはいけないのでは?とも思う。  少し憂鬱。少しだけね。  そんな心情を察したのか、遅れて教室に入ってきたミノル君が突っ立ったままのわたしの顔を不安そうに見つめた。彼が何か言うよりも先に宣言する。 「ミノル君、気分が悪いから、わたし帰るね。先生に伝えといて……」
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