二人だけの秘密

1/9
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「沙織! 一緒に帰ろっ!」 看護学生である私。早田沙織は、配属された実務研修先の病院での研修を終え、帰宅しようと病院の外に出た所で、同じく研修でこの病院を訪れていた、友人の深瀬夏美に呼び止められた。 「うん、じゃあ駅まで一緒に行こうか」 どんな時でも元気いっぱいの夏美に対して、少しだけ内気な性格の私は、後ろから追いかけてくる夏美の方をくるっと振り返りながら、胸のあたりで控えめに手を振って答えた。 先程私が通ってきた職員用の玄関から、ブンブンと大きく手を振って駆け寄ってくる夏美を見て苦笑いしながら、私は腕時計に目を落とす。 [18:25] 自宅の近所にあるショッピングモールで買った安物の腕時計が、それを見つめる私に正確な時間を告げている。 蒸し暑かった梅雨が明け、本格的に太陽が照りつける夏に突入した九州地方の夏は、例年よりかなり暑くなると予想された通り、夕暮れ時にも関わらず、気温が摂氏30℃を下回る様子は微塵も感じられなかった。 やがて二人は無事に合流を果たすと、最寄り駅までの道のりを、やや早足で歩き出した。 道いっぱいに広がっていた病院の影から、影の外へと一歩踏み出すと、地平線に沈むか沈まないかの瀬戸際で踏ん張っている太陽光線が、容赦なく二人を襲撃する。 だが、日に焼けるのを酷く嫌っている年頃の娘達は、すぐにバッグから折り畳み式の日傘を取り出すと、この強烈な太陽光線に対して日傘を向け、自身の肌を日焼けから守りながら、最寄り駅へ向かって歩を進めたのだった。 その後も夏美と適当な話をしながらテキパキ歩いていると、やがて最寄り駅の小さな駅舎がぼんやりと見えてきた。 「早く屋根のある所に行こうね」 沙織がそう言って夏美に微笑みかけ、歩く速度を早めようと彼女の手を引っ張った時だった。 彼女を引っ張っる為に握った手を、逆に夏美に手を握り返されると、沙織はぐっとその場に引き止められてしまった。 「ちょっと、喫茶店よってかない?」 そう言いながら私を引き止めて、その後もその場から離れようとしない夏美は、今までに無いほど神妙な面持ちで沙織を見つめている。 しかし、夏美が何故そうするのかの理由に、沙織は察しがついていた。 だが、察している理由が理由なだけに、沙織は喫茶店に誘われているにも関わらず、返事を出来ずにその場に固まってしまっていた。 夕暮れ時とは言っても、真夏の太陽光線はやはり強烈で、まるで時間が止まってしまったかのように立ち尽くす二人の肌を、沈みかけた太陽が、容赦なく焦がしていく。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!