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〜マンハッタン・ブロードウェイ〜
ウォール街から南へ下る華やかな街並み。
その先には国立アメリカ・インディアン博物館、そして海を眺める人気のバッテリー・パークが広がる。
その途中に聳え立つ『AESC』(American Economic Support Center:アメリカ経済支援センター)。
別名、ソフィアタワー。
その名の如く、ソフィアが市長になる前に作り上げ、今尚センター長を務めるビルである。
市庁舎のエレベーターが修理中でもあり、ソフィアはここのセンター長室で、公務を再開していた。
「初めて来たが、凄いスケールだな」
「最初は街外れの小さなビルから始め、先住民差別問題に乗じて、ほんの数年でここまで巨大な組織へと成長したんだ。大変な苦労もあっただろうが、裏の怪し気な噂も少なくはない」
まだ未成年の美優。
アレンの2人だけでとはいかず、年配のスコット刑事が同行した。
「こんな街で成功するには、誰しも多少の裏はあるでしょう。ましてや先住民の血を引く彼女だから尚のこと。不思議じゃないわ」
「お前、本当に未成年なのか?それとも日本の女学生達は、そんなものなのか?」
知り尽くした様に街を語る美優に、呆れるアレンとスコット。
「いえ、多分違う。私は普通じゃないから」
ビルへと先に入りながら答える美優。
直ぐに案内人が出迎える。
「市警の刑事さんですね、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
セキュリティゲートは通らずに脇を抜け、一段高いフロアの手前で止まる。
「すみません、館内では専用の内履きに履き替えて下さい」
来客用のシューズラックが並んでいる。
「館内では、よりおくつろぎできる様に、楽な物にと配慮しております」
「ふ〜ん。なるほどね」
履き替える習慣には慣れている美優。
慣れない2人は、少し戸惑いながらも、言われた通りにするしかない。
「確かに、楽と言えば…そうだな」
履き心地を確かめるアレン。
「ああ、以前に日本へ行った時を思い出すよ」
「あっ!お客様、そちらは社員用のエリアですので、ご遠慮下さい💦」
ツカツカと奥へ入り、中を確かめる美優。
名札の掛けられた壁と、名前付きのシューズラックが並んでいる。
「そうみたいね、失礼しました」
「こら!捜査の邪魔になるから、勝手に動き回るんじゃない」
「捜査とは?」
「あ…いえ、ちょっと市長の話が聞きたいだけですので、ご心配なく」
ベテランのスコットが、上手く取り繕う。
エレベーターで58階に着く。
乗ってる間、アレンの頭にはあの怨霊が取り憑き、冷や汗をかいていた。
「あら、スコット。あなたが来てくれたのね、お久しぶりです。元気そうで良かったわ」
「ソフィア市長、何だかここで会うと、以前の貴女を思い出しますな。こちらは、アレン刑事と…」
「日本の大学で、ネイティブアメリカンを論文にしようと研究している者で、保護して貰いながら、ニューヨーク事情に詳しいスコット刑事さんのお宅に、ホームステイさせてもらっています。光過敏症なので、サングラスのままですみません」
世界的な人気バンドのメンバーである。
バレない様、顔を隠していた。
「あら、それは珍しい。ネイティブアメリカンを知って貰えるのは、大変喜ばしいことです。スコットなら色々と詳しいし、安全でいいわ」
「はい。居間に市長さんと一緒の写真が飾ってあって、一度お会いしたいと思ってました」
「このビルができた時の記念写真ね。色々とスコットには世話になりました」
「市長、何かお飲みものをお持ちします」
「いやいや、構わないで下さい。お忙しいところ、長居はしませんので」
「では、隣の部屋で。何かあれば呼ぶので、下がってなさい」
案内してきた秘書が部屋を出て行き、隣の応接室へ入る4人。
壁には大統領との写真や、ソフィアの功績を讃える写真が並び、棚には沢山の記念品が置かれている。
「わ…私は写真などを見てますね。ソフィア市長さん、撮影は?」
スマホを手に尋ねる美優。
「どうぞご自由に」
「触ったりするんじゃないぞ」
そう言うアレン。
平然を装う美優の状態が普通ではなく、その頬を伝う汗にも気付いていた。
直ぐに壁へと移る美優。
ソフィア市長の部屋に入ってから、彼女はずっと…ソレを感じていた。
何か邪悪なモノの気配。
ソレに見られている恐怖。
思考と正体を悟られぬ様、平静を保つことに、必死で集中していたのである。
「さて、ご用件をお聞かせ下さい」
ソファに座るなり、ソフィアが始めた。
タブレットPCを鞄から取り出し、市庁舎での映像の再生を押すアレン。
「まずはコレをご覧ください」
タブレット画面を立てて、ソフィアに向ける。
暫く画面を見ていたソフィア。
「コレ…と言われても…何をです?」
「えっ?」
慌てて画面をテーブルに倒すアレン。
「あれ?どうしてなんだ?」
画面は真っ暗なまま、何も映っていない。
プレーヤーは起動している。
「どうして⁉️」
さっきクリックした、フォルダの中身が無い。
セキュリティの記録にも異常はない。
タブレットを手に取るアレン。
「んっ?」
真っ暗な画面のプレーヤーが…再生を始めた。
その中心に何かが見えた。
目を凝らすアレン。
その途端。
ソレが一気に近付き、画面いっぱいに恐ろしい形相の顔が映った。
「うわぁアア⁉️」
タブレットを放り投げ、身を引いたアレンが、ソファごとひっくり返る。
「アレン!」
「何なの?」
その状況に、美優の集中力が一瞬途切れた。
(出テイケェー❗️❗️)
「ダンッ❗️」「グッ❗️」
飛ばされ、背中から壁に打ちつけられた。
苦痛に耐える美優。
カッ!っと見開いたブルーに光る瞳。
「ゥォォォオオ、ハァア❗️」
渾身の気迫でソレを弾き返した。
「ビシビシビシッ❗️」
強化ガラスに無数の亀裂が走る。
「この悪霊、この場から消え去れっ❗️」
「うわっ!」
眩しい光が部屋中に炸裂し、目を塞ぐ3人。
「グゥヲォォォー……」
忌々しくも、哀しくもある声が響き、段々と遠ざかって行く。
少しして、静まり返った部屋。
舞い上がった資料が床に落ちる音。
「もう…大丈夫。アレは居なくなった」
肩で息をしながら、美優が告げた。
立ち上がるアレン。
「何なのよ、一体どうなってるの⁉️」
「ソフィア市長、それは我々の質問だ」
落ち着いた声で返すスコット。
鋭さを取り戻した目が、彼女を見ていた。
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