第5章.因縁

4/7

117人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
〜マンハッタン・ブロードウェイ〜 ウォール街から南へ下る華やかな街並み。 その先には国立アメリカ・インディアン博物館、そして海を眺める人気のバッテリー・パークが広がる。 その途中に聳え立つ『AESC』(American Economic Support Center:アメリカ経済支援センター)。 別名、ソフィアタワー。 その名の如く、ソフィアが市長になる前に作り上げ、今尚センター長を務めるビルである。 市庁舎のエレベーターが修理中でもあり、ソフィアはここのセンター長室で、公務を再開していた。 「初めて来たが、凄いスケールだな」 「最初は街外れの小さなビルから始め、先住民差別問題に乗じて、ほんの数年でここまで巨大な組織へと成長したんだ。大変な苦労もあっただろうが、裏の怪し気な噂も少なくはない」 まだ未成年の美優。 アレンの2人だけでとはいかず、年配のスコット刑事が同行した。 「こんな街で成功するには、誰しも多少の裏はあるでしょう。ましてや先住民の血を引く彼女だから尚のこと。不思議じゃないわ」 「お前、本当に未成年なのか?それとも日本の女学生達は、そんなものなのか?」 知り尽くした様に街を語る美優に、呆れるアレンとスコット。 「いえ、多分違う。私は普通じゃないから」 ビルへと先に入りながら答える美優。 直ぐに案内人が出迎える。 「市警の刑事さんですね、お待ちしていました。どうぞこちらへ」 セキュリティゲートは通らずに脇を抜け、一段高いフロアの手前で止まる。 「すみません、館内では専用の内履きに履き替えて下さい」 来客用のシューズラックが並んでいる。 「館内では、よりおくつろぎできる様に、楽な物にと配慮しております」 「ふ〜ん。なるほどね」 履き替える習慣には慣れている美優。 慣れない2人は、少し戸惑いながらも、言われた通りにするしかない。 「確かに、楽と言えば…そうだな」 履き心地を確かめるアレン。 「ああ、以前に日本へ行った時を思い出すよ」 「あっ!お客様、そちらは社員用のエリアですので、ご遠慮下さい💦」 ツカツカと奥へ入り、中を確かめる美優。 名札の掛けられた壁と、名前付きのシューズラックが並んでいる。 「そうみたいね、失礼しました」 「こら!捜査の邪魔になるから、勝手に動き回るんじゃない」 「捜査とは?」 「あ…いえ、ちょっと市長の話が聞きたいだけですので、ご心配なく」 ベテランのスコットが、上手く取り(つくろ)う。 エレベーターで58階に着く。 乗ってる(あいだ)、アレンの頭にはあの怨霊が取り憑き、冷や汗をかいていた。 「あら、スコット。あなたが来てくれたのね、お久しぶりです。元気そうで良かったわ」 「ソフィア市長、何だかここで会うと、以前の貴女を思い出しますな。こちらは、アレン刑事と…」 「日本の大学で、ネイティブアメリカンを論文にしようと研究している者で、保護して貰いながら、ニューヨーク事情に詳しいスコット刑事さんのお宅に、ホームステイさせてもらっています。光過敏症なので、サングラスのままですみません」 世界的な人気バンドのメンバーである。 バレない様、顔を隠していた。 「あら、それは珍しい。ネイティブアメリカンを知って貰えるのは、大変喜ばしいことです。スコットなら色々と詳しいし、安全でいいわ」 「はい。居間に市長さんと一緒の写真が飾ってあって、一度お会いしたいと思ってました」 「このビルができた時の記念写真ね。色々とスコットには世話になりました」 「市長、何かお飲みものをお持ちします」 「いやいや、構わないで下さい。お忙しいところ、長居はしませんので」 「では、隣の部屋で。何かあれば呼ぶので、下がってなさい」 案内してきた秘書が部屋を出て行き、隣の応接室へ入る4人。 壁には大統領との写真や、ソフィアの功績を讃える写真が並び、棚には沢山の記念品が置かれている。 「わ…私は写真などを見てますね。ソフィア市長さん、撮影は?」 スマホを手に尋ねる美優。 「どうぞご自由に」 「触ったりするんじゃないぞ」 そう言うアレン。 平然を装う美優の状態が普通ではなく、その頬を伝う汗にも気付いていた。 直ぐに壁へと移る美優。 ソフィア市長の部屋に入ってから、彼女はずっと…を感じていた。 何か邪悪なモノの気配。 ソレに見られている恐怖。 思考と正体を悟られぬ様、平静を保つことに、必死で集中していたのである。 「さて、ご用件をお聞かせ下さい」 ソファに座るなり、ソフィアが始めた。 タブレットPCを鞄から取り出し、市庁舎での映像の再生を押すアレン。 「まずはコレをご覧ください」 タブレット画面を立てて、ソフィアに向ける。 暫く画面を見ていたソフィア。 「コレ…と言われても…何をです?」 「えっ?」 慌てて画面をテーブルに倒すアレン。 「あれ?どうしてなんだ?」 画面は真っ暗なまま、何も映っていない。 プレーヤーは起動している。 「どうして⁉️」 さっきクリックした、フォルダの中身が無い。 セキュリティの記録にも異常はない。 タブレットを手に取るアレン。 「んっ?」 真っ暗な画面のプレーヤーが…再生を始めた。 その中心に何かが見えた。 目を凝らすアレン。 その途端。 が一気に近付き、画面いっぱいに恐ろしい形相の顔が映った。 「うわぁアア⁉️」 タブレットを放り投げ、身を引いたアレンが、ソファごとひっくり返る。 「アレン!」 「何なの?」 その状況に、美優の集中力が一瞬途切れた。 (出テイケェー❗️❗️) 「ダンッ❗️」「グッ❗️」 飛ばされ、背中から壁に打ちつけられた。 苦痛に耐える美優。 カッ!っと見開いたブルーに光る瞳。 「ゥォォォオオ、ハァア❗️」 渾身の気迫でを弾き返した。 「ビシビシビシッ❗️」 強化ガラスに無数の亀裂が走る。 「この悪霊、この場から消え去れっ❗️」 「うわっ!」 眩しい光が部屋中に炸裂し、目を塞ぐ3人。 「グゥヲォォォー……」 忌々しくも、哀しくもある声が響き、段々と遠ざかって行く。 少しして、静まり返った部屋。 舞い上がった資料が床に落ちる音。 「もう…大丈夫。アレは居なくなった」 肩で息をしながら、美優が告げた。 立ち上がるアレン。 「何なのよ、一体どうなってるの⁉️」 「ソフィア市長、それは我々の質問だ」 落ち着いた声で返すスコット。 鋭さを取り戻した目が、彼女を見ていた。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加