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〜マンハッタン・ウォール街〜
エレベーターが77階に着いた。
案内係が下り、再び80階へ上がる。
「ようこそ、紗夜刑事、千尋さん。娘を救っていただき、本当に感謝しております。あなた達がいなければ、今頃ルナは…そう思うとゾッとします」
ゾッとするバズミールは想像できないが、心から娘の回復を喜んでいるのは分かる。
その目が一瞬、鋭く向けられた。
それを感じた紗夜。
「彼はTERRAコーポレーションのティークさんです。私の勤める日本の警視庁ビルは、TERRAの隣にあって、彼やラブさん達には、助けてもらうことがあります」
軽く一礼するティークに、返すバズミール。
「日本の助け合う精神は、大変羨ましい。実は我が社もつい先日、TERRAコーポレーションと、業務上の提携を結んだばかりなんです」
「そうなんですか!素晴らしいと思います。おめでとうございます」
「ハハ、ありがとうございます。ところで今日はどういったご用件で?」
以前の彼とはまるで別人の様な、柔らかな表情に少し驚く紗夜。
(安心、平穏、…後悔)
読めなかった心も、普通に感じられた。
「実は今回のことで、何も知らない私は、名前の上がっている方のことを、調べることから始めました。その中で、バズミールさんに確認したいことと、伝えたいことがあります」
(警戒…いや、違う…彼は話したがっている?)
予想とは全く違った反応に戸惑う。
「では…もうきっと知っているのですね。私のルーツと、ルナに取り憑いていたモノについても…」
応接室へ入りながら、呟くバズミール。
「どうぞお掛け下さい」
先に座らせ、フードコートと繋がっている専用キッチンエレベーターから、数種類の飲み物を取り出す。
「コーヒーはオススメです。お好きなものをどうぞ。ティークさん、あなたもこちらへ」
入り口近くに立っているティーク。
「アルコール類の方が良かったかな?」
そこまで気を遣われて、無碍にはできない。
千尋の横に腰掛け、オレンジジュースを取る。
「マヂカ…オッサン💧」
千尋を無視してストローを差し込む。
紗夜とバズミールの目も点になっていた。
「で…では、その話から💦」
「は…はい、分かりました。私が…あのカスター将軍の家系であるのを知ったのは、20歳になる少し前。ある日、父から聞きました」
まさか自ら話すとは、思ってもいなかった。
「あの戦争の終結は、どちらの勝ちでも負けでもなかったそうです。敵味方なく暴れ始めた死の妖精『イヤ』に、世界の危機を感じた両軍は、イヤを封じ込めるために協力したのが真実とのこと」
「黄金でヤツを引きつけ、死体の山で封印か」
吐き捨てる様に呟く千尋。
「酷い話ですが、唯一の方法だったそうです。その後、スー族に加勢した女族長は、イヤを呼び出した魔女として処刑されました。その時に、わたしの先祖とスー族の族長に、イヤの呪いをかけた」
「えっ…スー族の族長にも⁉️」
「はい、そう聞きました。さすがにそこまでは知りませんでしたか」
「当然と言えば、それだけのことだ」
冷静に呟くティーク。
確かにその通りだが、完全に見落としていた。
「ええ、気にしていませんでした。それで…問題はその呪いについてですが…」
わざと自供を促す。
「999人の命を捧げるまで続く呪い。母親は第一子を産むと直ぐに死に、父親も子供が20歳になったら死ぬ。事実、私の母も父もその通りとなりました」
「それだけじゃ、全然足りないな。命の数が」
千尋がニヤリと笑う。
「バズミールさん、ルナさんの母親は…キャサリン署長だと分かっています」
(動揺はなし…か)
「なるほど。結婚しなければ呪いから逃れられると言うことか。古風だな」
「お前、何人殺した?」
その問いに、一瞬千尋を見るティーク。
千尋はバズミールを見ていた。
探る様に紗夜を見るバズミール。
(さすがに無理ね)
「バズミールさんとキャサリン署長の巡り合いは、ある事件から始まったと考えています。あなたは、ダグラスコーポレーションを立ち上げ、テキサス州西部に巨大な油田基地を建設…すみません間違えました。買収して拡大した」
否定も肯定もせずに聞くバズミール。
「この油田の持ち主は、不審死として処理され、未だに真相は不明のまま。その彼はイタリア系マフィアとの繋がりで、FBIにもマークされていた人物。この捜査に力を入れたのが、当時テキサス警察にいたキャサリン警部」
「なるほど…」「ほぅ…」
話の繋がりが分かり、反応する2人。
「油田を大金で買収したあなたに目をつけた彼女は、その足跡を遡って調べ始めた。そうして、その先々で沢山の悪人が不審死を遂げていることを知りました」
(感心?…署長に?…私の捜査に?それとも…)
意味深なバズミールの心理に戸惑いながらも、話を進める紗夜。
「あなたがテキサス西部にいる間も、街の悪人が多数不審死を遂げています。そして油田を子会社に任せ、次は中北部・ノーラン群で、同じ様に風力発電を買収し、世界的規模にまで発展させた」
「そしてそこでも…ってことですか。よく調べましたね。それだけ私に話すと言うことは、私がその主犯だと確信するものを掴んでいる…ということですね」
何の動揺も見せず、真っ直ぐ紗夜を見る。
「私がこの街に来たのは、当初は黒魔術に関連する連続不審死が発端です。調べる内に、呪殺サイトと言う闇サイトが関係していることが分かりました」
「呪殺サイト…ですか。このニューヨークで?」
含みのある言い方が引っ掛かった。
(彼は知らない…)
紗夜がタブレット画面に、そのスクリーンショット写真を出して見せた。
「このサイトの運営システムから、上手くリストを入手することができ、依頼者と標的の全員が不審死していました。詳しい仲間から、このサイトで教えている呪殺魔術はフェイクであり、自らを悪魔に捧げる儀式でした」
「なんと酷いことを。では、標的の死は?」
「確定ではありませんが…悪霊の仕業の可能性が高いと見ています」
暫し反応を見る紗夜。
バズミールの心に疑念は浮かばない。
「バズミールさん、あなたの足跡上にも、呪殺の闇サイトがあり、依頼者は高額の報酬を支払って、邪魔な者や敵を殺害していたことが分かりました」
「その標的が、先ほどから言われている不審死の悪人達で、そのサイトを運営して多額の報酬を手にしていたのがこの私…と言う訳ですね。…なるほど、評判を裏切らない見事な視察と捜査力。参りました。おかげで、私の疑問も解けました」
その態度には、さすがに3人共驚いた。
「あ…あっさり認めるのか?お前」
「ええ、例え違法な捜査でも、証拠を握られては、どうにも太刀打ちできません」
「バレてしまった様ね、紗夜さん」
突然タブレットから、ラブの声が聞こえた。
「ラブさん⁉️」
「ずっと疑問でした。なぜ急にあなたが、私なんかに目を向けたか…と。もちろん、ラブさんが話してくれた、次世代エネルギー開発における我が社との提携の意は真実なのでしょう。しかし、紗夜さんとあなたの、親密な信頼関係も真実。本当に、羨ましい限りです」
TERRAのメインシステムであるアイ。
その情報収集力は、表社会や裏社会を問わず、脅威的なものと認識されており、各国の諜報機関でさえ半ば諦め、ラブへの信頼を持って容認していたのである。
「そこまで認めるなら、あの高そうな絵画の向こう側へ案内してくれてもいいだろう」
ティークの片目に仕込まれたスパイアイ。
その目は、アンドレア・マンテーニャ作『マギの礼拝』が飾られた壁の向こうに、隠し部屋があることを透視していた。
「コイツを連れて来たのはそれかよ」
千尋がニヤリとする背後で、壁が動き始めた。
マギの礼拝
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