第5章.因縁

5/7

117人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
〜マンハッタン・ウォール街〜 エレベーターが77階に着いた。 案内係が下り、再び80階へ上がる。 「ようこそ、紗夜刑事、千尋さん。娘を救っていただき、本当に感謝しております。あなた達がいなければ、今頃ルナは…そう思うとゾッとします」 ゾッとするバズミールは想像できないが、心から娘の回復を喜んでいるのは分かる。 その目が一瞬、鋭く向けられた。 それを感じた紗夜。 「彼はTERRAコーポレーションのティークさんです。私の勤める日本の警視庁ビルは、TERRAの隣にあって、彼やラブさん達には、助けてもらうことがあります」 軽く一礼するティークに、返すバズミール。 「日本の助け合う精神は、大変羨ましい。実は我が社もつい先日、TERRAコーポレーションと、業務上の提携を結んだばかりなんです」 「そうなんですか!素晴らしいと思います。おめでとうございます」 「ハハ、ありがとうございます。ところで今日はどういったご用件で?」 以前の彼とはまるで別人の様な、柔らかな表情に少し驚く紗夜。 (安心、平穏、…後悔) 読めなかった心も、普通に感じられた。 「実は今回のことで、何も知らない私は、名前の上がっている方のことを、調べることから始めました。その中で、バズミールさんに確認したいことと、伝えたいことがあります」 (警戒…いや、違う…彼は話したがっている?) 予想とは全く違った反応に戸惑う。 「では…もうきっと知っているのですね。私のルーツと、ルナに取り憑いていたモノについても…」 応接室へ入りながら、呟くバズミール。 「どうぞお掛け下さい」 先に座らせ、フードコートと繋がっている専用キッチンエレベーターから、数種類の飲み物を取り出す。 「コーヒーはオススメです。お好きなものをどうぞ。ティークさん、あなたもこちらへ」 入り口近くに立っているティーク。 「アルコール類の方が良かったかな?」 そこまで気を遣われて、無碍(むげ)にはできない。 千尋の横に腰掛け、オレンジジュースを取る。 「マヂカ…オッサン💧」 千尋を無視してストローを差し込む。 紗夜とバズミールの目も点になっていた。 「で…では、その話から💦」 「は…はい、分かりました。私が…あのカスター将軍の家系であるのを知ったのは、20歳になる少し前。ある日、父から聞きました」 まさか自ら話すとは、思ってもいなかった。 「あの戦争の終結は、どちらの勝ちでも負けでもなかったそうです。敵味方なく暴れ始めた死の妖精『イヤ』に、世界の危機を感じた両軍は、イヤを封じ込めるために協力したのが真実とのこと」 「黄金でヤツを引きつけ、死体の山で封印か」 吐き捨てる様に呟く千尋。 「酷い話ですが、唯一の方法だったそうです。その後、スー族に加勢した女族長は、イヤを呼び出した魔女として処刑されました。その時に、わたしの先祖とスー族の族長に、イヤの呪いをかけた」 「えっ…スー族の族長にも⁉️」 「はい、そう聞きました。さすがにそこまでは知りませんでしたか」 「当然と言えば、それだけのことだ」 冷静に呟くティーク。 確かにその通りだが、完全に見落としていた。 「ええ、気にしていませんでした。それで…問題はその呪いについてですが…」 わざと自供を促す。 「999人の命を捧げるまで続く呪い。母親は第一子を産むと直ぐに死に、父親も子供が20歳(おとな)になったら死ぬ。事実、私の母も父もその通りとなりました」 「それだけじゃ、全然足りないな。命の数が」 千尋がニヤリと笑う。 「バズミールさん、ルナさんの母親は…キャサリン署長だと分かっています」 (動揺はなし…か) 「なるほど。結婚しなければ呪いから逃れられると言うことか。古風だな」 「お前、何人殺した?」 その問いに、一瞬千尋を見るティーク。 千尋はバズミールを見ていた。 探る様に紗夜を見るバズミール。 (さすがに無理ね) 「バズミールさんとキャサリン署長の巡り合いは、ある事件から始まったと考えています。あなたは、ダグラスコーポレーションを立ち上げ、テキサス州西部に巨大な油田基地を建設…すみません間違えました。買収して拡大した」 否定も肯定もせずに聞くバズミール。 「この油田の持ち主は、不審死として処理され、未だに真相は不明のまま。その彼はイタリア系マフィアとの繋がりで、FBIにもマークされていた人物。この捜査に力を入れたのが、当時テキサス警察にいたキャサリン警部」 「なるほど…」「ほぅ…」 話の繋がりが分かり、反応する2人。 「油田を大金で買収したあなたに目をつけた彼女は、その足跡(そくせき)(さかのぼ)って調べ始めた。そうして、その先々で沢山の悪人が不審死を遂げていることを知りました」 (感心?…署長に?…私の捜査に?それとも…) 意味深なバズミールの心理に戸惑いながらも、話を進める紗夜。 「あなたがテキサス西部にいる間も、街の悪人が多数不審死を遂げています。そして油田を子会社に任せ、次は中北部・ノーラン群で、同じ様に風力発電を買収し、世界的規模にまで発展させた」 「そしてそこでも…ってことですか。よく調べましたね。それだけ私に話すと言うことは、私がその主犯だと確信するものを掴んでいる…ということですね」 何の動揺も見せず、真っ直ぐ紗夜を見る。 「私がこの街に来たのは、当初は黒魔術に関連する連続不審死が発端です。調べる内に、呪殺サイトと言う闇サイトが関係していることが分かりました」 「呪殺サイト…ですか。で?」 含みのある言い方が引っ掛かった。 (彼は知らない…) 紗夜がタブレット画面に、そのスクリーンショット写真を出して見せた。 「このサイトの運営システムから、上手くリストを入手することができ、依頼者と標的の全員が不審死していました。詳しい仲間から、このサイトで教えている呪殺魔術はフェイクであり、自らを悪魔に捧げる儀式でした」 「なんと酷いことを。では、標的の死は?」 「確定ではありませんが…悪霊の仕業の可能性が高いと見ています」 暫し反応を見る紗夜。 バズミールの心に疑念は浮かばない。 「バズミールさん、あなたの足跡(そくせき)上にも、呪殺の闇サイトがあり、依頼者は高額の報酬を支払って、邪魔な者や敵を殺害していたことが分かりました」 「その標的が、先ほどから言われている不審死の悪人達で、そのサイトを運営して多額の報酬を手にしていたのがこの私…と言う訳ですね。…なるほど、評判を裏切らない見事な視察と捜査力。参りました。おかげで、私の疑問も解けました」 その態度には、さすがに3人共驚いた。 「あ…あっさり認めるのか?お前」 「ええ、例え違法な捜査でも、証拠を握られては、どうにも太刀打ちできません」 「バレてしまった様ね、紗夜さん」 突然タブレットから、ラブの声が聞こえた。 「ラブさん⁉️」 「ずっと疑問でした。なぜ急にあなたが、私なんかに目を向けたか…と。もちろん、ラブさんが話してくれた、次世代エネルギー開発における我が社との提携の意は真実なのでしょう。しかし、紗夜さんとあなたの、親密な信頼関係も真実。本当に、羨ましい限りです」 TERRAのメインシステムであるアイ。 その情報収集力は、表社会や裏社会を問わず、脅威的なものと認識されており、各国の諜報機関でさえ半ば諦め、ラブへの信頼を持って容認していたのである。 「そこまで認めるなら、あの高そうな絵画の向こう側へ案内してくれてもいいだろう」 ティークの片目に仕込まれたスパイアイ。 その目は、アンドレア・マンテーニャ作『マギの礼拝』が飾られた壁の向こうに、隠し部屋があることを透視していた。 「コイツを連れて来たのはそれかよ」 千尋がニヤリとする背後で、壁が動き始めた。 マギの礼拝 c810cf60-3321-4804-85c3-f9869b7a1c9f
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加