第5章.因縁

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〜マンハッタン・5thアベニュー〜 エンパイア・ステート・ビルから四方へと連なる高層ビル群。 古きニューヨークの趣を残しつつも、最も多くの人種が活動している地区のは、留まることなく変化し続けている。 そんな中でも一際(ひときわ)新しく、調和からかけ離れたデザインの高層ビルがあった。 ネイティブ・トレーニング・カンパニー。 メアリス・アイリーンがCEOを務める、先住民専用の人材育成会社である。 また、彼女が立ち上げた非営利団体『NARO(ナロー)』(Native American Rights Organization)の本部でもあり、アメリカに於ける様々な人権問題や差別に対し、法的な改革を求める活動を推進している。 ビル内部へは、認証カードを発行されたネイティブアメリカンしか入れず、アメリカ大統領でさえも例外ではない。 「大丈夫ですか?メアリスさん。何やら不穏な事件が続いている様だが」 「マテオ州知事、ご心配いただきありがとうございます。イライジャ議員の件は、とても悲しいことで、ショックでした。ソフィア市長も色々とあった様で心配ですが、私は容疑もはれ、何とか日常を取り戻して来ています」 5thアベニューの通りを挟み、300mほど離れた真新しいビジネスビルの45階に、マテオ州知事の公的事務所があった。 「こちらもやっとブラックヒルズの一件が収束したところだよ。市長選は少し延期されたが、今夜の候補者討論会には、マスコミや市民の目が興味深々だ。まさかの展開だからな、全く」 「はい、私も驚いていますが、考えて見れば当然のことと思います。利用できるものは利用する。それが政治の世界なのでしょう」 「私は君の味方を貫くからな。せいぜい頑張ってくれ。では、スタジオでな」 携帯電話を切る。 「バンッ!」 その音に、慌てて秘書が入って来た。 「社長、どうかしましたか?」 「あ…いえ、少し出かけて来ます。悪いけど片付けておいて。私もそろそろスマホにしようかなぁ…」 そう言って出て行くメアリス。 「討論会の衣装が、もうすぐ届く予定です」 「直ぐに戻るから、待たせておいて」 「承知いたしました」 ドアを閉め、床を見る。 へし折られて叩き捨てられた残骸が、無惨に散らばっていた。 〜州知事執務室〜 イラつきながら、2件目の電話を掛けるマテオ・アンダーソン。 発信音が変わり、電話は自動転送された。 「はい、アメリカ経済支援センターです」 「知事のマテオだ、ソフィア市長を頼む」 「申し訳ございません。センター長は今来客中でして…ご伝言を承りますが?」 「来客?…誰だ?」 「お客様については、お答えできません」 「フン!」 電話を切る。 (バズミールの娘が助かったと言うのに、何を呑気なことを…あのメアリスの自信も気に入らん。何を考えているのやら…) 携帯をポケットにいれ掛けた時。 着信音が鳴った。 (何だ、全く) 表示された相手を見る。 (やはりか…バカめ) 「どうしました?掛けて…来る…と…えっ」 「£≫△¢∫≡∂…⌘‰∵§⊇…」 呪文の様な囁きに、瞬間で自由を奪われる。 (なん…だ、く…そ) そんな心の呟きも、圧倒的な恐怖に消えた。 ぞわぞわと全身の体毛が逆立つ。 耳から沢山の蟲が入り込んで来る(おぞま)しい感覚。 聞きたくなくても携帯を離せず。 冷や汗が吹き出し、体を流れ落ちる。 そして… ソレが  居た。 右の頬に感じる  生温かい息          血の匂い 動かせない右の眼球に、僅かに見える輪郭。 ソレが直ぐ右に 居る。 いつの間にか黄昏(たそがれ)色に変わった部屋。 感じたことのない恐怖。 無意識の内に… 温かな液体が足を伝って床に溜まる。          死 その一文字が浮かび、意識を支配した。 (サガレ) その声が頭に響いた途端。 体が後ろ向きに走り出す。 「ヅガン❗️」 背中と後頭部が壁に激突し、意識が眩む。 痛みは感じない。 (どうして私が…いや、…だから私か…) 恐怖は諦めに変わり、疑念と後悔が輻輳する。 (イケ) その意味を理解する間はなかった。 走り出した体が、マンハッタンの街に近付く。 「グシャ❗️バキャ❗️」 床から天井まである強化ガラス。 鼻が潰れ、振っていた手足もガラスにぶつかり、手首と膝が砕ける。 「ガッシャーン💥」 それでも止まらない体が、ガラスを突き破る。 足掻きも悲鳴もなく落下するマテオ。 異変に戸惑う人々。 広い歩道を超え、路面に着く寸前。 「ガン❗️」 高速で走るスポーツカーが跳ね上げ、何かが千切れ飛ぶ。 「キキキキィィー⁉️」 一斉にブレーキ音が響き、白煙と焦げたタイヤの匂いが立ち込めた。 「グシャ…」 ギリギリで停まったトレーラーの前。 人であったモノが落ちた。 「キャァー!」 悲鳴が重なり、騒然とする5thアベニュー。 45階の執務室からと知れなければ、身元確認には、かなりの時間を浪費したに違いない。 ニューヨーク州知事転落死⁉️ それにより、事態は最終局面へと、大きな変化を遂げるのであった。
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