第5章.因縁

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〜ダグラスコーポレーション〜 壁の向こうは、意外にも殺風景な小さめの部屋であった。 真っ黒な床には、六芒星に似た金色の図形が広がり、トーチの灯りが囲む様に照らす。 最も目を奪ったのは、部屋の中央に置かれた小さな黄金のデスクと椅子。 「死の精霊ってのは、黄金マニアか?」 両手で椅子を引こうとする千尋。 「無理ですよ…まぁ…鬼神の力は知りませんが」 バズミールがデスクのタッチパネルを押すと、椅子が自動で引かれ、腰掛ける。 椅子が生体認証を行い、デスクからモニターとキーボードパネルが現れた。 「精霊も確かに黄金好きではあるが、これは私の趣味で作らせたものだよ。…フッ」 美形の唇が笑みを浮かべる。 「いらっしゃいませ、トーイ・ラブさん」 それに応え、モニターにラブが現れた。 「バズミールさん、全ては紗夜刑事にお話し下さい。私と貴方はビジネスパートナー。警察の要件には、これ以上立ち入る気はありません。それだけは例えこんな形でも、顔を合わせて伝えておきたくてお邪魔しました」 「それを聞いて、どんなに心強いか。しかし…改めてTERRAのシステムと技術力の高さを、思い知らされました。では、今日はこれで失礼いたします」 ラブを消すバズミール。 代わりにモニターには、呪殺サイトのログイン画面が映し出された。 「おいおい、お前捕まりたいのか?」 余りにも簡単に秘密を見せる彼に、千尋はその正気を疑った。 「まさか、せっかくルナが助かったと言うのに、捕まる訳にはいきませんよ」 「捕まえるつもりなら、紗夜さんは1人では来ない。それに、捕まる者と提携を結ぶラブではない。そう言うことだな」 ティークを見て、改めて軽く頭を下げる。 「バズミール、貴方は呪いを断つために、大勢の命を死の精霊に与える必要があり、それはきっと代々引き継がれて来た運命。しかし貴方は無差別に人を殺める様な悪人ではない。そこで考えたのが、闇社会対象の暗殺請負人(うけおいにん)」 「紗夜刑事、貴女は心理捜査官で、人の心が分かると聞きました。もっとも、もう隠すつもりもありません」 タッチパネルを操作して、リストを表示した。 「恐らくもう入手済みでしょう。ここにある130人が、死の精霊に捧げた標的です。全てこの国に巣食う悪の根源。油田を牛耳り、その価格を操って得た金を、マフィアへ流していた奴。麻薬カルテルに関与して、至福を肥やしていた奴や、マフィアのボス。それを黙認し、裏金を受け取っていた政治家や悪徳警官。全てこの国の裏で暗躍し、この国が裁きを下さない奴らだ。殺して良い人間…とは言いません。しかし、多くの人々を苦しめ、この国を汚す悪人達であり、それを止めて消し去る方法の一つが、暗殺と言う選択肢でした」 話しながら映し出される、悪行の数々の映像に、つい共感してしまう3人。 「キャサリン署長はこのことを、知っているのですね」 「彼女は執拗に私に付き纏い、近付いてきました。そのうちに、恋愛はしないと固く決めていたのに…お互いに惹かれ合う様になってしまった。ましてや呪われた子供など持つ気もなかった…」 紗夜は、強い後悔と、深い愛情を感じた。 「敵対する奴らや、恨みを持つ人間は大金を支払って、この呪殺サイトへ依頼を。呪殺とは名ばかりで、その標的を死の精霊に捧げればいい。そうして得た金で、ボスを始末した悪徳企業を買収し、世界のために立て直す。よく考えたものだ」 この星の脅威や悪と闘う点で、ラブと重なるものを感じたティークであった。 「キャサリンは正義を貫く警察。私の真相を知れば、諦めると思った」 「しかし…彼女は貴方を選んだ」 「これだから、人間は理解できない。愛情ってやつは、それ程に強いものか?」 善と悪の区別しか持たない阿修羅。 「キャサリンは、本当に誠実でいい人間だ。スミス大統領の支持率の高さも、妹の彼女を見てると良く分かる。彼女は私と運命を共にする道を選んだ」 その表現に微妙なものを感じた。 「まさか…」 それに応える様に、依頼者リストを映した。 「ニューヨーク市警の前署長は酷かったよ。闇の世界でも権威を持ち、あらゆる悪に加担して金を得ていた。キャサリンは、兄の力を借りてその席に身を置き換え、ニューヨーク市警の不正根絶を始めたんだよ」 「キャサリン署長が…前署長の呪殺を…」 複雑な思いが紗夜の心を掻き乱す。 そして、善悪の境目の不明確さを知る。 「初めの質問を変える。バズミール、お前あと何人殺すんだ?」 千尋の目が鋭く光る。 「この呪殺サイトはもう閉鎖した。模倣犯がいる様だが、どうやって知ったか…いずれにしろ私はそれには関与していない」 「あと…1人、なのね?」 千尋の問いに答えない理由を察した。 「妻とならねば、もしかして…という賭けは成功した様だ。キャサリンは生きている。私は、この呪われた連鎖を、絶対に娘のルナに継がせはしない」 「ルナさんが、20歳になれば…必然的に貴方が最後の1人になる」 「紗夜刑事、バカな考えはよせ。呪いは止められない。それよりも…君達にはすべきことがある」 その意味は読めない。 しかし、強い正義を感じた紗夜。 「申し訳ないが、それが何かは言えない。呪いの前に、殺される訳にはいきませんので。でも…そのヒントは既に見せました。頑張って止めてください」 「分かりました。バズミールさん、残された時間を、ルナさんとゆっくりお過ごしください」 「ありがとう、紗夜刑事。貴女はやはり噂通りの人だ。会社の方は、ラブさんがいてくれるので安心しています。彼女も、実に凄い人ですね」 「ええ、凄い人です」 どこまでラブが読んでいたかは分からない。 しかし、恐らく… こうして、3人はダグラスコーポレーションを後にした。 「紗夜、ヒントって何だ?」 「お前…」 呼び捨てか?と言いかけてやめたティーク。 外見的には、少女と大人の刑事。 しかし、阿修羅が年下とは…思えず。 「標的のラストは、アズベル・サントス。前ニューヨーク市長よ❗️」 「なに⁉️」 「ソフィア市長のところへは、アレン達が行ってるはず。私達も行きましょう」 そこへハリスから電話が入った。 「やっと繋がったか、アレンにも繋がらないし、どうなってるんだ?」 「多分、ビルの中の重要な部屋は、外と遮断されているからだと思います。それより、何か?」 「ああ、紗夜刑事。マテオ州知事が殺られた。5thアベニューへ向かってくれるか?」 「クッ…分かりました、すぐ向かいます」 電話を切る。 「どうした紗夜?」 (お前…) 違和感が半端ないティーク。 「行き先は5thアベニューに変更。州知事が殺されたわ、急ぎましょ」 ティークの車に乗り込みながら、電話をかけようとする紗夜。 「アレンには繋がらないぞ」 「あっそうか…って、どんだけ耳いいのよ⁉️」 無視して車を出すティークであった。
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