119人が本棚に入れています
本棚に追加
〜サウスダコタ州ブラックヒルズ 〜
サウスダコタ州とワイオミング州の州境に存在する山地で、山肌に刻まれた高さ 18 メートルに及ぶ4人の歴代アメリカ大統領(ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、セオドア・ルーズベルト、アブラハム・リンカーン)の顔の彫刻が有名である。
ここには紀元前7000年頃から、インディアンたちが散在した。
アリカラ族、シャイアン族、クロウ族、カイオワ族、ポーニー族が住み着き、その後スー族(ラコタ)が18世紀にミネソタから来て、他の部族を追い出した。
自然崇拝のスー族は、ブラックヒルズを偉大な精霊の宿る聖地として崇めた。
1868年に白人側は、『ブラックヒルズ一帯は永遠にスー族のものであり、白人の立ち入りは禁止する』との条約を確約した。
しかし、1874年にカスター将軍がブラックヒルズに金鉱床を発見し、ゴールド・ラッシュが巻き起こる。
以来、白人は条約を無視し、聖地ブラックヒルズを守るスー族と、激しく長い戦争が続いた。
双方に大勢の死者を出した結果、条約は、『ブラックヒルズは、太陽が光り輝き、草が生える間はスー族のもの』という、曖昧で抽象的なものに書き替えられた。
更にアメリカ政府は、これを都合良く解釈し、豪雪地帯であるブラックヒルズの冬は曇天で、『太陽は光り輝かず』、大地は深雪に覆われて『草は生えなくなる』と主張し、半世紀を超える法廷闘争を続けた。
1980年に米国最高裁判所は、条約違反を認め、スー族に土地価格1750万ドルと、103年間の利子分1億500万ドルの支払いを連邦政府側に求めた。
連邦政府はこれに応じる姿勢だが、スー族は断固拒否し、利子額は累積し続けている。
ブラックヒルズは、最高裁も認めた白人による不法占拠地なのである。
一月前。
その地に、再び白人の欲が突き立てられた。
採油や採鉱に始まり、次世代エネルギー開発を手掛ける、ダグラスコーポレーションである。
衰退を続けるアメリカ経済。
それを立て直すことを名目に、新たな金鉱脈を見つけ、大掛かりな採掘事業が開始されたのである。
自然が豊富で、多くの観光客が訪れる州という華やかな面がある一方、全米で最も経済的に貧しい地区とされ、その貧困を極めるインディアン居留地は、サウスダコタ州の大きな問題となっている。
そんな彼等に抗う力はなく、聖地は完全に破壊されたのである。
スー族は、戦争で死んだ亡骸を、敵味方関係なくその聖地に埋葬した。
採掘作業で、大量の人骨が発見されていた事実を、社長のバズミール・ダグラスは、最近になって知らされた。
工事の中止を懸念した業者が、闇に葬るところを、マスコミが嗅ぎつけたのである。
バズミールは、その業者を切り捨て、即刻会見を開いて、ブラックヒルズの先住民と国民に謝罪し、インディアン居留地の環境整備を約束した。
しかし、時すでに遅し。
1人娘のルナは20歳の大学生である。
最初はただの風邪程度に軽く見ていた。
しかし容体は2日で急変し、理解不能な言葉や汚い言葉を発し、看護師や医者をも襲い、鋭く伸びた爪で傷付けた。
「バズミール、本当にすまない。まさか墜落するとは…今代わりの神父を探しているのだが…」
「スミス大統領、あなたももう関わらない方がいい。後は自分で何とかしてみるよ」
携帯を切った。
「旦那様、お嬢様が!」
家政婦のリンダが慌てて入って来た。
2階の部屋へ急ぐバズミール。
「ルナ!」
「パパ…」
正気に戻ったルナ。
たまに正気を取り戻し、豹変した記憶はない。
「ルナ…なのか?」
「何を言ってるの?私よ。パパ、腕と足が痛いわ。顔も…私…どうなってるの?」
手錠を手足につけ、ベッドに縛り付けてある。
手首と足首には、リンダが包帯を巻いた。
しかし、豹変した時の暴れ方は激しく、血が滲んでいる。
「ルナ、ごめんよ…パパのせいでこんなに…」
膝をつき、自らの爪で傷付けた、ルナの顔にそっと手を添える。
「必ず治してあげるからね。どんなことをしてでも必ず…」
涙が溢れ、ベッドを濡らす。
「パパ、私を殺して。もうこんなの耐えられない。お願い、私を…殺して❗️」
「バカなことを言うな!諦めちゃいけない」
妻を病気で亡くし、家族はルナ1人である。
薬で楽に…と、考えもしたができなかった。
「必ず、必ずパパが治してあげる」
「もう嫌なの!お願い…殺して。私を殺して…殺し…て…殺…せ。お前の手で…殺せ…」
声が…変わった。
「旦那様、離れて❗️」
異変に気付いたリンダ。
バズミールの体に手を回し、引き離す。
「ルナ❗️」
「ざぁ…ごろぜ❗️ヴァッハッハ。ごろぜ❗️」
それはもう、完全にルナではない何か。
目は赤く血走り、不気味に微笑む。
「ルナ!」
「ダメです、旦那様!」
リンダが目一杯の力で引き止める。
「ルナ…」
変わり果てた娘を見つめながら、床に崩れる様に座り込むバズミール。
すかさずリンダが、ルナの体に乗る。
暴れるルナであったモノ。
「ヤメロ、このメスブタ❗️」
抗う体を力で押さえつけ、ポケットから出したケースから常備している注射器を取り出す。
「ヤメロ、ハナセ❗️」
抗い、折れそうな腕を片手で掴んで押さえ、強力な睡眠剤を投与した。
「クソッ!ゴノメスブメ❗️」
「ルナ様、ごめんなさい…」
涙を流しながらも、押さえつける。
やがて力が弱まり、眠りについた。
ゆっくりベッドから下りて、毛布をかける。
バズミールの携帯が鳴った。
力なく条件反射で電話に出る。
無言で話を聞く。
「そうか…また1人…よろしく頼む」
秘書から、訃報の連絡であった。
呆然と床に座ったまま、眠る娘を見つめる。
ブラックヒルズの採鉱に携わった者が、また1人自殺した。
最初のコメントを投稿しよう!