第6章.凶行

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〜セント パトリック大聖堂〜 ダグラスコーポレーションでの悪魔祓いから、トーマス・フェデラー神父は変わった。 自分の引き継いだ潜在的な力を認識し、その自信に満ちた様相を、街の誰もが不思議に感じ始めていた。 「神父様、もうやらないの〜?」 州立芸術大学付属高校の生徒、ゲイル・ハントが、幼なじみのサミュエル・キャンベスを連れて訪れた。 「ゲイル、友達と一緒とは珍しいな。あのイカサマはもうやめたんだ。バレてしまったしね」 「何だ…イカれた神父かと思ってたが、普通じゃないか。つまんね〜」 その言葉に、ビクッと反応して彼を見る。 「君は…テレビで見たことがある顔だな」 「サミュエルは、凄く人気なんだよ。CMもいくつか出てて、モデルとしてファッション雑誌にも載ってるし」 「よせよゲイル。お前なんか、こんどゾンビ映画に出るじゃないか。全く、ああいう役だけはクオリティ高いよな。まさか、ここで練習してたなんて驚いたよ。この神父がコーチってわけだな。ふ〜ん…」 「いやいや、世話になったのは私の方だ。そうか、映画に…これから有名になるな、ゲイル」 その時、携帯が鳴った。 「せっかく来たから、お祈りでもして行くか。やっぱりこいつが心配だからな」 「どうぞ。私も直ぐに行くから」 片手を上げ、聖堂へ入っていく2人を見送る。 スマホから紗夜の声がしていた。 「すみません、紗夜刑事。ミラン神父のことは聞きました。信じられないことで…残念です」 「トーマス神父、無事で良かったわ…ミラン神父を襲ったのは、かなり強い悪魔です。もしアレに関わったことが理由なら、貴方も狙われるかもと心配で…」 「それはどうも。大丈夫、私は悪魔に襲われたりはしません。ご安心ください」 「いえ、念の為に警護隊を…」 言いかけてやめる紗夜。 「その通りです。もしもそんな悪魔なら、警護隊が無駄に殺られるだけで、役には立たないでしょう。あの…ちょっとが来てますので、失礼してもいいですか?」 「あ…はい、すみません。大司教を継がれた貴方なら、確かに警察より頼りになりますね。お邪魔しました。くれぐれもご注意ください」 電話を切り、聖堂へと入っていくトーマス。 祈りを捧げている2人の少し手前で止まる。 そして、片腕に掛けて持っていたフードマントを置いた…。 〜5thアベニュー〜 これ以上の収穫はないと判断し、ミラン神父の現場へと移動を始めた紗夜達。 「どうしたんですか?紗夜さん」 その変化を感じ取る美優。 その目を見た紗夜。 「やっぱり…ティークさん、セント パトリック大聖堂へ向かって下さい」 「あのマヌケな神父を心配してんのか?」 「千尋!彼はあれでも大司教よ、マヌケ扱いしたら…」 「したら…何だ美優?この俺に天罰でも?あり得ねぇだろう。アハハ…ん?」 千尋も紗夜に異様な雰囲気を感じた。 「違うのか…紗夜」 千尋の目を見て確信した。 「急いで❗️あれはトーマス神父じゃない❗️」 異様に落ち着いた態度と言葉。 大司教の肩書きが成せるものではない。 そして、聖堂を訪れた者を、『客』と呼んだ。 その異様な響きが、まだ耳に残っていた。 後ろを走るアレンから、着信が入る。 「紗夜、そっちはセントパトリックだ。ミラン神父は、セントディヴァインだぞ!」 「ごめんアレン、先に行ってて」 普通の人間では、恐らく太刀打ちできない。 彼を巻き込むことを避けようとする紗夜。 紗夜とは昨日今日の付き合いではないアレン。 その直感に、何度助けられたか。 「掴まっていろ」 「ギュルギュルギャギャギャギャー❗️」 それを悟ったティークが、アレンを振り切ろうと、フル加速で向きを変えた。 「紗夜!何を考えて・ブツッ」 電話を切り、鞄にしまう紗夜。 直ぐにバイブが唸りだす。 美優が、対向車のトラック運転手を…視た。 「紗夜さん、大丈夫。アレン刑事は暫く動けないから」 「ありがとう、美優さん」 「キキキキキー…ズシャン!」 不意に急ハンドルを切ったトラック。 荷台にある山積みの生ビールの樽が、遠心力に耐えきれず路上へと崩れ落ちた。 「おい💦うわぁ⁉️」 生ビール樽は意外に弱い。 漏れ出したビールの中へ突っ込んだアレン。 「勘弁してくれよ〜あれ?スコット先輩!」 サッと飛び出し、近くのオープンカフェでグラスを貰い、大好きなビールへと向かう。 「先輩、直に樽からなんて甘いですよ!全く」 (しかし…紗夜はどうして…) 〜セント パトリック大聖堂〜 正面玄関に突っ込むかと思った美優と紗夜。 それを期待していた千尋。 「…なわけないか💧」 ボヤきながらも瞳が赤く光り始める。 既にティークは運転席にはいない。 「監視カメラの死角に入り、スパイアイで中を覗き見る」 (居ない…しかし、この殺気は何だ?) 戦士の本能が、その異常な気配を感じ取る。 そこへ、不用意に近付いて行く千尋。 「まだこの世に嫌がったのか、しぶとい奴め」 「千尋、あの時のヤツとは違うわ❗️」 「ババッ!」 美優の声と同時に、周りのアスファルトやレンガの破片が宙に浮かび上がる。 「ビシュ…」 それらが一斉に千尋へと飛ぶ。 「フンッ❗️」 「バババババババ!!」 小さな千尋の体に、阿修羅が重なって現れ、破片を全て叩き落とした。 三面六臂(さんめんろっぴ)。 三方に浮かび上がる顔と、六本の腕。 阿修羅の戦闘態勢である。 (助けて…誰か…) 集中した紗夜に、そのが届いた。 「中に子供がいます❗️」 「ビシュ…ヒュンヒュン!」 ティークの蒼剣が、閉じた扉を斬り裂く。 「グッ…」 その瞬間に噴き出す異質な瘴気。 「居る!」 ステンドグラスの窓は黒く染まり、暗闇と化した聖堂内。 その奥に集中する紗夜。 気を抜けば支配されてしまう危機感。 「アイツは消え去ったのではなく、ミラン神父からトーマス神父に器を変えただけ」 あの時の情景を思い出す3人。 そして美優が気付く。 「まさか…ミラン神父は、そのためにトーマス神父を呼んだ⁉️あの悪魔は、自分より強い霊力を持つ彼を選ぶと考えたんだわ」 「ミラン神父にとっては、行き詰まっていたバズミールとの約束を果たし、対峙する大聖堂も潰せるってわけか。神のしもべが聞いて呆れるぜ」 千尋の怒りが強くなる。 「それがミランを()った理由だな。口封じ…悪魔でも考えることは同じか」 言い終えたティークが、真正面から突入した。 生体エネルギーで生み出した剣で、瘴気を斬り開きながら進む。 「トマレ❗️」 「グッ…ァ」 凄まじい圧力に、足が止まる。 その10m先。 (まと)わりつく様な暗闇が消え、壇上に変わり果てた姿のトーマスが居た。 黒く変色した肌。 黄金に輝く瞳が、紗夜達を見下す。 一瞬訪れた静寂。 「助けて…」 上方から弱々しい声がした。 高い天井に描かれた壮大な天界画。 天使に(すが)り付く人々。 そこに重なる様に、ゲイルが浮いていた。 「サミュエルを…たす…けて」 (もう1人?…いない。どこに?) 意識を集中し、その心音を探す紗夜。     「  ぽた…  」 紗夜の瞳の直ぐ前。 上から赤い水玉が過ぎて、床に落ちた。 幾度嗅いでも慣れはしない匂い。 (血🩸) 「危ない❗️」 ティークが加速装置を作動させ、紗夜を抱き締めて(はし)り過ぎた。 「ガシッ!…ヅシャ❗️」 そこに何かの塊が落ち、血肉が飛び散る。 「クソッ!」 紗夜を助けようと駆け出した千尋が、その血を全身に浴びた。 抱き止められたまま、振り向く紗夜。 衣服の切れ端から、かろうじて人だと知る。 「そんな⁉️…うぐッ!」 ソレの最期を覗き視た美優が、苦痛にうずくまり、血に濡れた床に手を突く。 「ウゴイタラ、コイツモコロ…⁉️」 圧倒的な力を得たが故の(おご)り。 それが隙を生み、さらに大きな誤算が加わる。 「ナンダ、オマ…エ」 目の前に、血肉により変貌した阿修羅がいた。 抗う者を全て力で叩き潰す破壊神。 振りかぶった六つの拳が、イヤの全身を襲う。 「ガガガガガガン💥❗️」 「ヴァッ⁉️」…「ガシャーン❗️ドシャ」 祭壇を砕き潰しながら飛ばされた体が、壁の大きな十字架に激突し、床に落ちた。 「滅びよ❗️」 「バン💥…ズババババババ⚡️⚡️❗️」 床の血を伝って、龍神の(イカヅチ)が崩れ落ちたイヤを直撃した。 (紗夜さん、任せた) 「タン、タンッ!!」 長椅子の上を蹴り、高く跳ぶティーク。 (お願い、力を貸して❗️) 強く念じて、疼く右の掌を突き出す紗夜。 するとそこから光が放たれ、現れた少女が落下するゲイルを掴み、ふわりと床に降りた。 「サ・ヤ」 その表情が笑み、紗夜を見つめる。 (ありがとう…ありがとう) 掌の疼きが治まり、少女も消えた。 一方、阿修羅と龍神の攻撃を受け、何とか立ち上がりかけたトーマス(イヤ)。 「なに⁉️」 力が衰え、ステンドグラスから差し込む眩しい光の中に、ティークの姿を見た。      「✨斬❗️✨」 怒りの蒼光に燃える長剣が、その脳天から床までを切り裂いた。 「グゥヲォォォオー◦◦◦❗️」 凄まじい咆哮が響き、両断された体が蒼い炎に包まれる。 それは次第に小さくなり、消え失せた。 聖堂内に静けさが戻る。 「大丈夫?しっかりして!」 「サ…サミュエル…は?彼を…助け…」 気を失ったゲイル。 こんなになりながらも、親友を気遣う心。 その想いが、紗夜の心を締め付ける。 答えられず、ただ彼を抱きしめることしか、紗夜には出来なかった。
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