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〜セント パトリック大聖堂〜
ダグラスコーポレーションでの悪魔祓いから、トーマス・フェデラー神父は変わった。
自分の引き継いだ潜在的な力を認識し、その自信に満ちた様相を、街の誰もが不思議に感じ始めていた。
「神父様、もうやらないの〜?」
州立芸術大学付属高校の生徒、ゲイル・ハントが、幼なじみのサミュエル・キャンベスを連れて訪れた。
「ゲイル、友達と一緒とは珍しいな。あのイカサマはもうやめたんだ。バレてしまったしね」
「何だ…イカれた神父かと思ってたが、普通じゃないか。つまんね〜」
その言葉に、ビクッと反応して彼を見る。
「君は…テレビで見たことがある顔だな」
「サミュエルは、凄く人気なんだよ。CMもいくつか出てて、モデルとしてファッション雑誌にも載ってるし」
「よせよゲイル。お前なんか、こんどゾンビ映画に出るじゃないか。全く、ああいう役だけはクオリティ高いよな。まさか、ここで練習してたなんて驚いたよ。この神父がコーチってわけだな。ふ〜ん…」
「いやいや、世話になったのは私の方だ。そうか、映画に…これから有名になるな、ゲイル」
その時、携帯が鳴った。
「せっかく来たから、お祈りでもして行くか。やっぱりこいつが心配だからな」
「どうぞ。私も直ぐに行くから」
片手を上げ、聖堂へ入っていく2人を見送る。
スマホから紗夜の声がしていた。
「すみません、紗夜刑事。ミラン神父のことは聞きました。信じられないことで…残念です」
「トーマス神父、無事で良かったわ…ミラン神父を襲ったのは、かなり強い悪魔です。もしアレに関わったことが理由なら、貴方も狙われるかもと心配で…」
「それはどうも。大丈夫、私は悪魔に襲われたりはしません。ご安心ください」
「いえ、念の為に警護隊を…」
言いかけてやめる紗夜。
「その通りです。もしもそんな悪魔なら、警護隊が無駄に殺られるだけで、役には立たないでしょう。あの…ちょっと客が来てますので、失礼してもいいですか?」
「あ…はい、すみません。大司教を継がれた貴方なら、確かに警察より頼りになりますね。お邪魔しました。くれぐれもご注意ください」
電話を切り、聖堂へと入っていくトーマス。
祈りを捧げている2人の少し手前で止まる。
そして、片腕に掛けて持っていたフードマントを置いた…。
〜5thアベニュー〜
これ以上の収穫はないと判断し、ミラン神父の現場へと移動を始めた紗夜達。
「どうしたんですか?紗夜さん」
その変化を感じ取る美優。
その目を見た紗夜。
「やっぱり…ティークさん、セント パトリック大聖堂へ向かって下さい」
「あのマヌケな神父を心配してんのか?」
「千尋!彼はあれでも大司教よ、マヌケ扱いしたら…」
「したら…何だ美優?この俺に天罰でも?あり得ねぇだろう。アハハ…ん?」
千尋も紗夜に異様な雰囲気を感じた。
「違うのか…紗夜」
千尋の目を見て確信した。
「急いで❗️あれはトーマス神父じゃない❗️」
異様に落ち着いた態度と言葉。
大司教の肩書きが成せるものではない。
そして、聖堂を訪れた者を、『客』と呼んだ。
その異様な響きが、まだ耳に残っていた。
後ろを走るアレンから、着信が入る。
「紗夜、そっちはセントパトリックだ。ミラン神父は、セントディヴァインだぞ!」
「ごめんアレン、先に行ってて」
普通の人間では、恐らく太刀打ちできない。
彼を巻き込むことを避けようとする紗夜。
紗夜とは昨日今日の付き合いではないアレン。
その直感に、何度助けられたか。
「掴まっていろ」
「ギュルギュルギャギャギャギャー❗️」
それを悟ったティークが、アレンを振り切ろうと、フル加速で向きを変えた。
「紗夜!何を考えて・ブツッ」
電話を切り、鞄にしまう紗夜。
直ぐにバイブが唸りだす。
美優が、対向車のトラック運転手を…視た。
「紗夜さん、大丈夫。アレン刑事は暫く動けないから」
「ありがとう、美優さん」
「キキキキキー…ズシャン!」
不意に急ハンドルを切ったトラック。
荷台にある山積みの生ビールの樽が、遠心力に耐えきれず路上へと崩れ落ちた。
「おい💦うわぁ⁉️」
生ビール樽は意外に弱い。
漏れ出したビールの中へ突っ込んだアレン。
「勘弁してくれよ〜あれ?スコット先輩!」
サッと飛び出し、近くのオープンカフェでグラスを貰い、大好きなビールへと向かう。
「先輩、直に樽からなんて甘いですよ!全く」
(しかし…紗夜はどうして…)
〜セント パトリック大聖堂〜
正面玄関に突っ込むかと思った美優と紗夜。
それを期待していた千尋。
「…なわけないか💧」
ボヤきながらも瞳が赤く光り始める。
既にティークは運転席にはいない。
「監視カメラの死角に入り、スパイアイで中を覗き見る」
(居ない…しかし、この殺気は何だ?)
戦士の本能が、その異常な気配を感じ取る。
そこへ、不用意に近付いて行く千尋。
「まだこの世に嫌がったのか、しぶとい奴め」
「千尋、あの時のヤツとは違うわ❗️」
「ババッ!」
美優の声と同時に、周りのアスファルトやレンガの破片が宙に浮かび上がる。
「ビシュ…」
それらが一斉に千尋へと飛ぶ。
「フンッ❗️」
「バババババババ!!」
小さな千尋の体に、阿修羅が重なって現れ、破片を全て叩き落とした。
三面六臂。
三方に浮かび上がる顔と、六本の腕。
阿修羅の戦闘態勢である。
(助けて…誰か…)
集中した紗夜に、その声が届いた。
「中に子供がいます❗️」
「ビシュ…ヒュンヒュン!」
ティークの蒼剣が、閉じた扉を斬り裂く。
「グッ…」
その瞬間に噴き出す異質な瘴気。
「居る!」
ステンドグラスの窓は黒く染まり、暗闇と化した聖堂内。
その奥に集中する紗夜。
気を抜けば支配されてしまう危機感。
「アイツは消え去ったのではなく、ミラン神父からトーマス神父に器を変えただけ」
あの時の情景を思い出す3人。
そして美優が気付く。
「まさか…ミラン神父は、そのためにトーマス神父を呼んだ⁉️あの悪魔は、自分より強い霊力を持つ彼を選ぶと考えたんだわ」
「ミラン神父にとっては、行き詰まっていたバズミールとの約束を果たし、対峙する大聖堂も潰せるってわけか。神のしもべが聞いて呆れるぜ」
千尋の怒りが強くなる。
「それがミランを殺った理由だな。口封じ…悪魔でも考えることは同じか」
言い終えたティークが、真正面から突入した。
生体エネルギーで生み出した剣で、瘴気を斬り開きながら進む。
「トマレ❗️」
「グッ…ァ」
凄まじい圧力に、足が止まる。
その10m先。
纏わりつく様な暗闇が消え、壇上に変わり果てた姿のトーマスが居た。
黒く変色した肌。
黄金に輝く瞳が、紗夜達を見下す。
一瞬訪れた静寂。
「助けて…」
上方から弱々しい声がした。
高い天井に描かれた壮大な天界画。
天使に縋り付く人々。
そこに重なる様に、ゲイルが浮いていた。
「サミュエルを…たす…けて」
(もう1人?…いない。どこに?)
意識を集中し、その心音を探す紗夜。
「 ぽた… 」
紗夜の瞳の直ぐ前。
上から赤い水玉が過ぎて、床に落ちた。
幾度嗅いでも慣れはしない匂い。
(血🩸)
「危ない❗️」
ティークが加速装置を作動させ、紗夜を抱き締めて疾り過ぎた。
「ガシッ!…ヅシャ❗️」
そこに何かの塊が落ち、血肉が飛び散る。
「クソッ!」
紗夜を助けようと駆け出した千尋が、その血を全身に浴びた。
抱き止められたまま、振り向く紗夜。
衣服の切れ端から、かろうじて人だと知る。
「そんな⁉️…うぐッ!」
ソレの最期を覗き視た美優が、苦痛にうずくまり、血に濡れた床に手を突く。
「ウゴイタラ、コイツモコロ…⁉️」
圧倒的な力を得たが故の傲り。
それが隙を生み、さらに大きな誤算が加わる。
「ナンダ、オマ…エ」
目の前に、血肉により変貌した阿修羅がいた。
抗う者を全て力で叩き潰す破壊神。
振りかぶった六つの拳が、イヤの全身を襲う。
「ガガガガガガン💥❗️」
「ヴァッ⁉️」…「ガシャーン❗️ドシャ」
祭壇を砕き潰しながら飛ばされた体が、壁の大きな十字架に激突し、床に落ちた。
「滅びよ❗️」
「バン💥…ズババババババ⚡️⚡️❗️」
床の血を伝って、龍神の雷が崩れ落ちたイヤを直撃した。
(紗夜さん、任せた)
「タン、タンッ!!」
長椅子の上を蹴り、高く跳ぶティーク。
(お願い、力を貸して❗️)
強く念じて、疼く右の掌を突き出す紗夜。
するとそこから光が放たれ、現れた少女が落下するゲイルを掴み、ふわりと床に降りた。
「サ・ヤ」
その表情が笑み、紗夜を見つめる。
(ありがとう…ありがとう)
掌の疼きが治まり、少女も消えた。
一方、阿修羅と龍神の攻撃を受け、何とか立ち上がりかけたトーマス。
「なに⁉️」
力が衰え、ステンドグラスから差し込む眩しい光の中に、ティークの姿を見た。
「✨斬❗️✨」
怒りの蒼光に燃える長剣が、その脳天から床までを切り裂いた。
「グゥヲォォォオー◦◦◦❗️」
凄まじい咆哮が響き、両断された体が蒼い炎に包まれる。
それは次第に小さくなり、消え失せた。
聖堂内に静けさが戻る。
「大丈夫?しっかりして!」
「サ…サミュエル…は?彼を…助け…」
気を失ったゲイル。
こんなになりながらも、親友を気遣う心。
その想いが、紗夜の心を締め付ける。
答えられず、ただ彼を抱きしめることしか、紗夜には出来なかった。
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